母の娘

「ごめんね。育て方を間違えたね」

 と言われたので、私はこれまでの自分を顧みた上で、「そうだね」と至極同意して返事をしたら、あの人は気に食わなさそうな顔をして押し黙った。

「私がこの家から出ていけばいいんでしょ?」

 と言われたので、「出て行きたいの?」と聞いたら、「出ていって欲しいって思ってるんでしょ!」と返された。

 自分が体調不良を訴える時は、ストレスだとか、昔から体が弱いのだとか、そんなふうに大袈裟に騒ぐのに、私が体調不良を訴えても、あの人は、気のせいだとか、ただの寝不足だとか軽く扱って、今まで一度も心配してくれたことなどない。

 お母さん、と呼ぶと、「お母さんって呼ばないで」と叫ばれ、面倒くさそうに私の相手をするのだ。時には死んだふりなんかして、驚かせて、相手すらもしなかった。それでも機嫌のいい時は、優しく高い声で、私をちゃん付けで呼んで、抱きしめてくれたりしたこともあった。幼い頃、母の料理の手伝いをしていた時、私が左利きで危なっかしく思えたのか、包丁で野菜を切っていると横からそれを奪い取られたこともあった。貸して、と言っても「あんたがやると時間かかって仕方ない」と言って、いつも貸してはくれないのだった。

 その方が効率的だからなのだろうと、頭ではわかっている。しかしあの人は、少しでも何か私に出来ないことがあると、「そんなこともできない意味がわからない」と言って批難する矛盾のある人だった。

 いつか、キャリアウーマンとして海外でもバリバリ働く夢を持っていたあの人は、父と結婚し、私を産んだことで、おかしくなったのだと思う。馬鹿な人だ。さっさと離婚でもして、私をどこか、別のところに預けて、一人で遠く夢を叶えに行けば、少なくとも今より幸せになれただろう。父は飲ん兵衛で、壁を殴ったり、怒鳴りつけたり、騒がしく戸を開閉したりして、周囲に力を誇示する愚かな人だったから、なおさら不幸になったのかもしれない。

 家族を罵った口で、

「こんなに仲が良い家族はいないよね」

 とあなたは言う。

 私に「このクソ女!」と言った口で、

「いい子だね」

 とあなたは言う。

 私が助けを求めても助けようとしなかったあなたは、今になって私に助けを求める。いつまでも悲しみを引き摺るなと言うあなたは、今まで一度も私の悲しみに寄り添ってくれたことはない。

 私はおかしくなった。あなたのいう通り、おかしくなってしまった。もうまともには戻れぬだろう。

 何故あなたは、私を産んだのか、いくら考えてもわからないのだ。愚かな人と一緒になって、高い金を払って、誰が養ってやってるんだと怒鳴りつけながら、何故ここまで私を育てたのか。ここまで生かしたのか、いつまで経ってもわからない。

 ……母であるはずのあなたは、今や私の子供のようである。

 あなたは私の子供ではないと言うのに。

 私はあなたの子供でいられた瞬間など、ほんの少ししかなかったと言うのに。

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