病院帰りのマックの味

 昔、心臓に穴が空いていた。

 詩的な比喩表現ではない。実際に穴が空いていて、病名としては心室中隔欠損症とか言うやつであった。

 心臓に穴が空いてる、と聞くとなんだか病弱な印象が思い浮かびそうだが、実際は一日中外で遊び回ってるような超健康児だった。それでも何かあったらまずいと言うことで、年に一回、中学を卒業するまでこども病院に定期検診へ行くことになっていた。

 私は病院が好きだ。楽しいところだと思っている。それはひとえに、こども病院でお世話になった医療関係者の方々のおかげだろう。あそこは同年代の子供がたくさんいたし、たまにロビーで演奏会が開かれたし、待合室で映画が観れたし、院内のカフェではホットケーキが食べられた。しかもシロップがたっぷりのやつである。

 病院へは車で一時間かけて通っていたが、その時間も私は好きだった。途中で海を見ることができるからだ。

 白波が細かく跳ねて、陽の光をジャリジャリと反射させる景色は美しい。美しいものは何度見ても見飽きないものである。私はきっと今見てもその光景に感動できるだろう。

 病院の帰りは、決まってマックをテイクアウトした。普段食べる機会があまりなかったので、検査を頑張ったご褒美として母が買ってくれたのだ。

 あの匂いを嗅ぐとこの頃の思い出が甦る。

 ポテトを食べた後に飲むシェイクの味は格別であること、ハッピーセットのおもちゃはいつも車の中に転がっていたこと、海が見えるたび車窓を開けてはあぷあぷと風に溺れていたこと、エコー検査に使うジェルの冷たさ、清潔な院内の消毒液の匂い、子供の声。

 中学卒業前に病気は完治した。完全に塞がったわけではないが、穴に薄皮が張っているからもう大丈夫なのだそうだ。

 少し寂しいような気もした完治報告だった。本来なら病院なんて利用しなくて済むならその方がいいのだが。でもそこはきっと、数ある居場所のひとつに違いなかった。

 今、私の心臓には穴が空いている。

 今度は詩的な比喩表現だ。

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