恋人同士の二人が初めてキスをする瞬間まで

藤泉都理

恋人同士の二人が初めてキスをする瞬間まで




 とある王国の姫と、姫を守護する魔法使いが晴れて恋人同士になって、初めて開催された『加護の儀式』。

 それは春夏秋冬、それぞれの季節の精霊から魔法使いを通して、王国に加護を与える儀式であった。




(やーめーてー。みんな、見ーなーいーでー)


 魔法使いは声ならぬ悲鳴を上げ続けた。




 近くで魔法使いと姫を囲むのは、国王及び王族に国を動かす重鎮たち。

 遠くで魔法使いと姫を囲むのは、集まった数多の国民たち。

 王国の一大行事として大いに盛り上がる『加護の儀式』の一番の目玉は、魔法使いが姫の手の甲にキスを捧げて、召喚された精霊を目にする事であった。が。


 ざわざわと声の波が寄せては引いていく。

 期待に満ちた声、ではない。

 戸惑いや異変を指摘する声であった。


 魔法使いが姫の手の甲にキスをいつまでもしない、と。


(っく。私だって早く済ませたいよ。王国に関わる重大行事だからな。だけどな。だけどな)


 戸惑いや指摘の声がきちんと耳に入っていた魔法使いは、同時に自分の心臓のヤバい音もきっちり耳に入れていた。

 ドッゴンバッゴンドッゴンバッゴンガガガガガ。

 間近で大掛かりな工事をしているのかと疑うぐらいに、大きな音であった。


(だけどな。どうやって平然と姫の手の甲にキスすればいいのか。わからないんだよ!)


 泣きたくなった魔法使いは傅いたまま、けれど姫の手を取る事さえできずにいた。


(ううううう。顔が真っ赤だ。氷の魔法使いとして知られていたのに。冷静沈着な魔法使いとして生きて来たのに!ううううう。あー。やーめーてー。姫も頬を紅に染めないでー。もっと緊張してキスできなくなるうう~)


 魔法使いが見上げた先、少しだけ俯く姫の白い頬がほんのり紅色に染まっているのは、同じ想いだと、魔法使いはわかっていた。


 恋人同士になったからと言って何も変わらない。

 二人でカラカラ笑っていた頃が懐かしい。

 本当に何も変わらないと思っていたのだ。

 何も。


(キエエエイ!公私!別に考えるのだ私!これは!恋人の姫に捧げるんじゃないの!国を支える姫に捧げるの!だから緊張しなくていいの!)


 緊張しない緊張しない緊張しない。

 冷静沈着冷静沈着冷静沈着。

 魔法使いは心中で唱えながら、左右上下に大きく揺れてその場に留まろうとする手をどうにかこうにか動かして、姫の手を取り、上下に激しく揺れる手をどうにかするのを諦めて、姫の手に口を近づけて、そして、一瞬心臓が止まったな確実に、と思いながら、手の甲にキスを捧げた。


 よしこれで私の役目は終わった。

 薄れゆく意識の中、はっきりと魔法使いの心に焼きついたのは、平然とした表情を崩さないながらも顔が真っ赤に染まる姫と、よくやったと親指を上げる秋の精霊のむかつく顔だった。




 よし。

 記憶の中からこの時の秋の精霊の存在だけ消し去る魔法を会得しよう。

 魔法使いは強く心に誓い、意識を完全に遮断したのであった。











(2023.9.4)



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恋人同士の二人が初めてキスをする瞬間まで 藤泉都理 @fujitori

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