第5話 旅立ちの時
イリュージョンは、ツインレイ二人の心の湿度を汲み込んだように、いつの間にか、熱帯雨林のジャングルに変化していた。
それまでは心地良い潮風だったが、瞬く間に湿気を帯びた生温かい空気に変わり、時折、スコールを模した大粒の水滴が襲い掛かる。
猛烈な勢いの雨粒は、防御用に設けた透明な簡易バリアに跳ね返っていたが、何度も打ち付けているうちに破れ出した。
濡れない特殊な生地で出来た衣類を着ている二人は、衣類から出ている部タ分だけが濡れていった。
「冷たい……」
「また、バリアを張ろうか?」
「ううん、このままでいい」
土砂降りの雨が、隈なく素肌を濡らして行く事に身を任せた二人。
一緒にいられる残された時間は、あと僅か。
雨粒の攻撃などに、気持ちを傾けたくなかった。
「ライ、最後に、もう一度いい?」
二人は、失せつつある時間を惜しむかのように、水滴なのか、涙なのか分からない状態で濡れているお互いの顔を見つめ合った。
「時間が許す限り、そうしていよう」
二人は雨に濡れた額を付け、心と体のエネルギーをお互いの身体に行き渡らせていた。
これが最後だと認識している二人は、その状態のままどれだけ時間を長く保っていても、まだ足りな過ぎるくらいに感じられていた。
そんな二人を試そうとしているかのように、冷酷に感じられるほどの大型宇宙船は、刻一刻と彼らの星アクエリーシア星に近付いて来た。
敢えて空を見上げなくても、それを感覚的に感じ取れる二人。
名残惜しそうな表情で額を離し、潤んだ瞳を見合わせた。
『ついに、この時が来たね、ルウ』
『地球に着くと、こうしてテレパシーで、ライと会話する事も出来なくなるのかな?』
急に、冷たい現実に叩き付けられたような感覚になるルウリーシア。
『それが、禁じられてないならね……』
ルウリーシアの動揺している心を感じ取り、テレパシーを送ろうとするライリーシアの波動も落ちて来た。
『どうしよう! 私……何だか、選択を誤った?』
宇宙船の近付いて来る轟音が、より耳に大きな振動を伝わるにつれ、後悔し始めるルウリーシア。
『ルウ、そんな事は無い。大丈夫だから』
今までの二人の気質が逆転したかのように、心が定まり冷静なライリーシアと、地球へ赴くという行為に付随する諸々の事を改めて認識させられ、急に焦燥感に駆られ出したルウリーシア。
『ライの言った通りだった! 私、こんなの無理かも知れない!』
『ルウらしくないよ! ずっと、地球へ行ける日を夢見ていたじゃないか!』
ルウリーシアにしてみると、この期に及んでライリーシアの変化の方が、素直に受け止められない。
『私らしいのは、どういう事……? 後先考えず、能天気に地球行きを楽しみにしている事? 私、バカだわ! こんな土壇場になって、取り返しの付かない事をしたって気付くなんて!』
『ルウ、落ち着いて! 君には、目的が有るだろう?』
ルウリーシアの震える両肩を両腕で包むライリーシア。
そんなライリーシアの腕を解き、涙溢れる瞳で見つめるルウリーシア。
『ライの方こそ、どうして? あんなに地球行きをイヤがっていたのに……私、今頃になって、やっと、反論していたライの気持ちが分かった! ごめんなさい、ライ。私も、ライと一緒にいられないなんて、絶対イヤ!』
『ルウ……』
自らの決意を後悔し、ナーバスになっているルウリーシアをそっと抱き締め、唇を合わせたライリーシア。
「もう最後なのに、地球式なの?」
ライリーシアを見上げながら泣き笑いし、発声で応じたルウリーシア。
「僕らは、アクエリーシア星で、地球式の愛情表現をした初めてのツインレイかも知れない。その事を誇りに思いながら、君がずっと楽しみにしていた未知の星、地球へと旅立とう、ルウ!」
それまでは、彼女と比べ、ずっと弱気で否定的だったライリーシアはそこにはなかった。
唐突に、ライリーシアの急成長を感じさせられ、少し悔しさを覚えるルウリーシア。
「本当に、そうだね……ありがとう、ライ! もっともっと、誇れる自分達になって、アクエリーシア星に戻らなきゃね!」
今まで愛を育んで来たアクエリーシア星や、姿を見せずとも伝わる家族や友人達から送られてくる惜別と愛情のエネルギーを名残惜しく感じつつ、2人は地球行きの大型宇宙船から出ている光のゲートに導かれた。
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