第11話 解放
山西山の開けた場所に着いた。もう少しで日が暮れる急がないと行けない。黒いナニカを早くどうにかして帰らないと2日連続で母さんからの雷を喰らうのはゴメンだ。
「早よ準備するで!手順間違えんなよ」
「分かってる」
少し太めの木の棒を拾って真白が蔵で教えてくれた通りに陣を描いていく。黒いナニカが収まるくらいの大きな陣。まるで魔法使いにでもなったみたいだな。魔法陣を描いて悪魔を召喚するとかファンタジーな世界にでも迷い込んだみたいだ。でもこれは現実なんだよな。あの黒いナニカは俺を狙っていて俺がそれをどうにかする。この前までは普通の高校生だったのに。いや、見えないものが見えていた時点で普通ではないか。普通になろうと必死になっていただけの普通じゃない高校生。でも、それでもいいんじゃないか?齋藤さんだって俺と同じものが見えているし、妖の真白とよく言い合いになるけど友達みたいに話せてる。普通ってなんだろう?人によって価値観も全てが違う訳だから俺の普通は俺が決めていいんじゃないだろうか。
『へぇ〜、あんな事しでかしておいてどうして自分だけ楽になろうとしているの?』
「どないしてん悠加、悠加!」
「……あ、ごめん。なんでもない。大丈夫」
「ホンマか?」
「本当に大丈夫だよ」
大丈夫、大丈夫だ。アレから何年経ったと思っているんだ。だから大丈夫だ。俺は黙々と陣の続きを描いていく。真白が何か言いたそうにしていたが、俺の様子を見て黙っていてくれた。そして、陣が完成した。
「できた!」
「よし!なら後はアレがくるんを待つだけや。詞は忘れてへんやろうな?」
「もちろん、大丈夫だ」
後は黒いナニカを迎え撃つだけ。あたりも暗くなってきたからそろそろきそうな気がする。俺は深呼吸をして頭の中で詞を何度も復唱する。
そうしていると
「来たで!アレが陣の中に入ったら教えた通りに唱えたらええ!大丈夫や、お前ならできる!」
「うん、ありがとう!真白!」
本当に来た。ほんのちょっと来なければいいのにと思っていたけど現実はそう甘くない。だんだんと黒いナニカが俺との距離を詰めてくる。追い詰めたと思われているのか昨日よりスピードはない。そうだ、そのままこちらへ進んでこい。後少し後少し。
「今や、悠加!」
「我は導くもの。汝があるべき姿へ放つものなり。我が意聞き届けば汝は帰らん、あるべき姿へ!」
陣から光が上がり徐々に大きくなって黒いナニカを覆っていく。黒いナニカは苦しそうに陣の中で蠢いている。でも、なんか黒いのが剥がれてる?もう少しよく見ようと近寄ると
「うわっ」
なんか光がだんだん大きくなっている?
「真白!これ大丈夫か⁉︎ものすごく大きくなってるみたいだけど⁉︎」
「まさか、これ程とは…」
「ねぇ!真白!聞いてる⁉︎」
「多分大丈夫やろ?多分。ほらよう見ときや」
多分ってそれほとんどの確率で大丈夫じゃないんじゃないか?本当にどうするんだよ…光の方に目を向けると黒いナニカがナニカじゃなくなっている。黒い羽の生えた人?
「あれは鴉天狗やな。お前が解放したことで本来の姿に戻れたんや」
「なら本来の姿に戻ればもう大丈夫ってこと?」
「解放するちゅうことは確かにアレを本来の姿に戻すことや。でも一度アレになって仕舞えば終いや。解放はなあの姿のままやなく本来の姿に戻して送ってやることや」
「じゃあ、あの陣の中にいるのは…」
「そう悲しい顔せんでもお前のおかげで元の姿で逝くことができるんや。胸張って見送ってやれ」
俺は陣の中を見た。黒いナニカだったものはもうそこにはいなくて本来の姿を取り戻した鴉天狗がいる。陣の光が弱まっていく。
「人の子よ、ありがとう。あなたのおかげで私はこの姿であの子のところへ逝ける。本当にありがとう」
そう言って鴉天狗は消えて行ってしまった。ここに残っているのは俺と真白の2人だけ。
「本当にこれで良かったんだよな?」
「当たり前や。鴉天狗も礼言うとったやろ」
「うん」
うまくいって良かった。本当に良かった。そういえばどうして齋藤さんはあの黒いナニカを踏み潰していたんだろう。今みたいにすれば本来の姿に戻せて送ってあげられるのに、齋藤さんはこの方法は知らないんだろうか。
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