最終話 旅の終わり
彼等が階段を降りきると、其処は一部屋分の研究室があった。
「アシ、此方。」
と暗がりに怯えるアシを誘導しながら、サタは資料に目を通していく。やっぱりと言ったら良いのか、そんなと言ったら良いのか。兎も角其処に置かれてある資料は、どれも朝・に関するものばかりであった。
「ミラのお母さん、朝を信じてるなんて一言も聞いた事がないのに。」
「…それって、隠していたって事でしょうか、?」
「でも何故?」
「それは…。」
サタが思うに、恥ずかしかった、という訳では無い。何故なら、以前にも記した通り、この街にとってお母さんという存在は何とも偉大なもので、周りは彼女の意見に何でも合わせたがった。お母さんの性格は明るく大胆で、自分の趣味や興味のあることなら何でも子供達に教えたがる。本当に、戸惑いなど無く、何でも教えてくれる人だった。此の事以外は。
「これ、見て下さい!」
そうアシが言う方には、ミラと、ミラの母による手紙のやり取りが。
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57 //お母さん、貴女は間違った事をしている。
私は、誰かを犠牲にしてまで人間の姿でいたい訳じゃない。
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58//いえ、貴女だけでも、人間でいて欲しいの。貴女だけでも、完璧でいて欲しい。
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59//私は嫌。私が身体をこわして誰かのと入れ替えたって、その人の身体はどうなるの?
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60//安心なさい、機械の身体は壊れない。一生健康でいられるのよ。
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61//じゃあ私も機械にしてよ。
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62//それは駄目よ。機械の身体は朝には弱いの。勝手に熱が籠もってて中がオーバーヒートしてしまう。動物の生態本能というのは夜しかない今にとっては凄く貴重で、素晴らしいものなの。此処は必ず、朝を迎える。だからこそ貴女は人間でいなくちゃいけないし、貴女は生きなくちゃいけない。貴女のこわれた身体の代用となる街の人もそう。
その壊れた喉も、その内治してあげるわ。そうだ、新しくできた貴女の友達の、あのお母さんの声なんてどう?綺麗で、凄く可愛らしい声だと思うんだけど。
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63//恐ろしい人。人の身体を部品の様に扱うなんて。それと、サタの家族には手を出さないで。手を出したら、本当に貴女と縁を切ってやる。
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72//本当にごめんなさい。騙すつもりは無かったの。返事が欲しいわ。貴女は今、何処にいるの?
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73//手紙が無くなっているって事は、貴方は一度は戻って来てくれたのね。
生きているのね。
良かった。
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74//近頃、自分の命が、もうそろそろな気がするの。だから最後にお願いしたい事がある。屋根を開けてちょうだい。私が、照らしてあげるから。
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サタは、最後のメモを手に取った。それは、これまでの会話と違って、とても丁寧に書かれていた。そして、それはとても長文だった。
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77//良いよ、分かった。
私はいつか必ず、此処に朝を持って来てあげる。そして、貴女の罪を、私の身体として入れ替えられて来た悲しい機械達を、壊してあげる。お母さんが建てたあの病院、諸共ね。
結局、それが望みなんでしょ?早く此処が朝になって、元は人間だった機械達が死んで、お母さんも死んで、私だけが生き残る。その夢を、私が叶えさせてあげる。
でもね、私思うんだ。こんな綺麗な声を手に入れても、私は貴女の事が嫌いだし、他人の肉が入り混じる自分の身体も嫌い。例え朝が来たとして、私が幸せになる事は無い。ぞれでも実は、お母さんが笑顔になるんならって、密かに朝を待ってたんだよ?近くにいると殺したくなるから、遠くにはいたけどね。朝になったら会いに行って、笑いかけてやろうって思ってたんだよ?でも、でも、貴女が、お母さんが死んじゃったら、私何の為に生きるの?朝が来たとて、私に何の得があるの?
約束は守るよ、必ず。でも、叶えた後で、私は死んでやる。だから答えを考えておけ、クソ母親。
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亡き母に送る手紙にしては、それはミラらしい終わり方だった。アシは少し引いていたが、昔からの付き合いがあるサタは、フフッと笑みを溢してしまう。
「どうしましょう?ミラさんの夢、半分は実現出来ても、半分は僕達が壊してしまいました…。」
病院を燃やす事は出来ても、朝を迎えて一人生き残る事が出来なかったとアシは言っているのだろう。
「アハハ、半分どころじゃ無いよ。」
「え?」
「外に出てごらん。きっと今頃さ。」
サタはメモを折り畳んで胸ポケットにしまうと、さっき入って来た地下室のドアを指差した。
「…?」
アシは恐る恐るサタを離れ、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。
「…っ‼︎⁉︎」
なんと地下室の外は、何処が火事だという訳でも無しに、とんでもなく明るかった。
「ミラは、充分やる事はやったさ。出来なかった事は唯一つ、生き残る事だけだ。」
「でも如何して、」
「それも其処に書いてあったよ。此処はかつて、アサだった。だからやり方は簡単。もう一度朝を迎えるには、夜という常識を、壊してやれば良い。群がる雲を、どかしてやれば良い。明るくしてやれば良い。」
「…ぁあ‼︎だから火事を!」
そう、ミラはあの時、唯ビルを燃やしていたんじゃ無かったんだ。火が、雲を溶かして、夜という膜ごと追い払ってしまう。それを見越した上で、ミラはビルに火をつけ、じっと壊れるのを待っていたんだ。
「じゃ、じゃああの月は?」
アシがすっかり興奮した様にサタに問いかける。
「これもどっかで読んだ話だけど、月なんて朝でも上がってるんだって。太陽の光で隠れていただけでね。雲や夜がいる内は太陽は見えなくて、地球と言われるこの惑星の反対側に太陽が移動すると、次第に月も光を受ける。唯、昔は夜しか反対側に回らなかったから、月は夜のものだったんだよ。」
「へぇ…そうだったんですね!」
そう楽し気に話す内に、二人のテンションはどんどん高まり、初めての朝を全身で受け止める様に、猛ダッシュで駆け出して行く。
「ミラさんも見てください、朝ですよ‼︎」
アシは鞄の中身を地面にぶちまけ、壊れた時計の部品もとうとう粉々になって出てきた。
「アッハハハハ!朝ってこんなにも気持ちの良いものなんだね。ミラ、君の代わりに、僕らが生きちゃったよ。ほんと、どうしてやろうか。」
そうして、二人の影は走り出し、偶には転び、そして踊りだす。段々と熱を持ち出す身体を自覚しながらも、彼等は楽しそうな声を緩める事は無かった。
そこはかつて、○○だった。 夕暮 瑞樹 @nakka557286
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