第十話 鍵の在処

「此処はもうじき、朝を迎える。…これって何かの警告や予言をしているのか、ミラさんの望む事を書いているのか、どっちなんでしょうか…、」


アシはメモに浮かび上がる一文を見て、そう呟いた。


 その一方で、サタはある事を思い出す。


「さっきのってさ、『日光は騒ぐものを、月光は静かなものを』っていう詩だよね?」


すると、アシはふっとサタの顔を見る。どうやら覚えがあったのだろう。何も言わないまま、アシはこくんと頷いた。


 実はこの詩は、父の日記に貼ってあったものである。サタの父は下手な収集家で、本を読み気に入ったフレーズを見つけては必ず日記に貼るような性格だった。過去の事を語るのが好きで、生きていた頃はよく話し相手として書斎に呼び出されもしていた。一度その現場にミラも誘ってみたものの、父の話し方が気に入らないだの声が通り過ぎて耳が痛いだの、全くの悪評だったのを覚えている。第一ミラは過去の事は嫌いで、あまり話しすぎると黙って離れていってしまうのだ。その所為で何度サタがミラと遊ぶ機会を逃したか。到底指十本では足りない程のものだった。




 でも、今はそんな事は考えている場合じゃない。


「月光は月だとして、日光は…太陽でしょ?つまり朝だって言っているんだよね?」


「朝⁈それって伝説の?」


アシは興奮した様に後ろに体重を掛けた所為で、サタとの距離が数歩開く。


「うん、そう、伝説の。僕もあの詩を父さんから教えて貰ったんだけど…可笑しいと思わない?だって伝説伝説っていうけど、どの本をとっても見た目があまり変わらない。それに比べて神様は色んな姿をしているのに、太陽は日の丸かそれに三角マークが並んでいるかの二択だよ?」


「あぁ確かに。」


さっきの数歩を取り戻すかの様にアシは前屈みになると、丁度顔の半分が月明かりに照らされ、首に引っかかった埃がよく見えた。


「…それに、アシは図鑑って見た事ある?色んな動物だったり、色んな魚だったりが載ってる本。」


「えぇ、記憶にはあります。」


「じゃあ分かると思うんだけど、あれって全部、ランタンの光と月明かりだけで分かる物なのかな。それにしては、随分と情報がう・る・さ・い・気がする。動物にせよ、魚にせよ…。つまりさ、太陽は、昔はこの街にも来ていたんじゃないかな?…って思い始めてる…今は…。」


そんな自信気のないサタの意見をアシは信じられないという顔で聞いてはいたが、決して否定しなかった。唯、何も言わないまま宙を見つめている。


 アシはアシで、サタの思考に驚いていた。これまではアシが先陣を切るばかりでサタは何の手立ても立ててこない。だからか、アシが最初にあのメモを見てから、これは自身とサタが抱えるべき問題なのだとばかり勘違いし、メモの内容はサタには話さなかったし、話題にもしなかった。しかしどうだろう。今、思考の先陣を切るのはサタであり、自分は何も考えられない。ミラを失う決心をしたあの時から、サタは見違える程頼もしくなってしまった。僕は、ミラの事を知らないんだ。そして本当の鍵は、ミラにある。その思考でさえ、サタには先を越されていた。




 二人とも、微かに口が開いたと思えばまた閉じるくらいの仕草を繰り返すばかりで、否定も肯定もしないまま長い沈黙へとかえってしまう。そしてサタは再び過去に意識を巡らせ、新たな意見の進展を探っていた。


「…屋根を開けよう…。屋根…?」


「どうかしました?」


アシはやっとの思いでペースを取り戻し、平常心でサタに尋ねた。


「…ミラとはね、小学生からの仲なんだけど、実は最近久しく会いに来たばかりなんだよ。その時、ミラは屋根を開けようって急に言い出してさ…。」


「へぇ…お母さんに言われたんでしょうか。」


「お母さん?」


「だって、それって多分、このメモを書いてからの話だと思うんです。それはきっと…?ぁ、時計に隠れた鍵を見つけてもらう為!」


「あぁ成る程!」


サタは合点がいったと手を叩くと、自分がメモを手にしていたのを忘れていたようで、一枚の紙がヒラヒラと床を這う埃の上に落ちてしまう。


「じゃあ此処の屋根も、抜いたら何か見つかったりするんでしょうか。」


そのアシの呟きに、数秒間、サタは考えた。


「サタ?じょ、冗談ですよ、」


アシはサタが怒っていると判断したのか、自身の発言を慌てて取り消すも、実際はというと、サタはアシの意見に感動していただけであった。


「…っそれだ‼︎」


「えぇ?」


「その通りだよアシ、やってみよう‼︎」


と言うと、サタは早速梯子を見つけ、屋根を掴んではグイッとひっぺがしていく。アシも多少の困惑の顔を浮かべながら剥がれた屋根を浮け取ると、意外な屋根の暖かさに、汚いと分かっていてもつい抱き締めて仕舞った。


「何やってんのさ、汚いよ?」


「でも、安心感があります。」


「…そうかなぁ?」


サタは適当に返事をしながら作業を進め、ある一枚を捲った所で急に大声を出す。


「アシ!あった!、扉があったよ!!」


すると抱いていた屋根を放ったアシが駆けつけ、いそいそと鍵穴を探す。


「ありました!」


二人は月明かりに照らされ、希に見る笑顔で互いを見合った。


 梯子を降りて合流したサタは、ミラが入った鞄を持ってきて鍵を取り出す。


「いくよ?」


「うん。」


サタが鍵穴に鍵を押し込み地下へ続く扉を開けた時、月の光りも通用しないその暗闇から、興奮で隠されていた二人の不安は、一気に比率を逆転させる。


 そう、これまでの彼等の旅の目的は、鍵の在処を見つける事。しかしアシとの出会い、ミラとの別れの中で、ミラの本当の旅の目的を、彼等は導かなければならない。


「…行こうか。」


遂に覚悟を決めたサタは、新しいマッチに火をつけ、ランタンに移す。




 降りていく階段は、どこか冷たい様に感じた。

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