第七話 隠していた痛み

 あれから二人がビルへ戻ると、そこには真っ黒焦げのガラクタばかりが床一面に転がっていた。此処は新聞社の筈だからコピー機やら何やらの機械があってもおかしくはない。所々炭の匂いに混じって緑の匂いもするのだが、それに関しては嗅覚のないアシには共有しがたいものだった。


「何処か気になるところはある?」


するとアシは屈んでた体を起こして何処か宙を見つめる。


「…、新聞社にしては紙が少ないですね。」


「燃えちゃったとかじゃないの?」


紙も燃えれば無くなるんだし、とサタは言ったが、それでもアシは怪訝な顔をやめなかった。


「…布の焼けカスはこんなにも残っているのに?」


とアシは足元の千切れ布を持ち上げ、まじまじと観察した。どうやら機械に包まれていた様で、あまり火の影響を受けていない様にも見える。だったら紙も残っていても良いんじゃないか。コピー機の中にだって紙はあるだろうから、と周りを確認したが、見つかるものはどれも布とガラクタしかない。


 とうとうサタは不安になってきた。アシの予想する通り、此処は新聞会社なんかじゃないかもしれない。でも、ミラが嘘をついているなんて思いたくも無いし、そうだとしても目的が分からない。


「これ…。」


アシがふとサタの前に差し出したのは、かつて使われていたのであろう誰かのカルテ。外に出されてあった書類は綺麗になくなっていたものの、これはガラクタの手が握っていた唯一の紙だという。


「これは明らかにカルテです。僕らが機械のしんせいをした時に提出していたあのカルテです。」


次々と見つかる証拠品。サタも見た事のあるその書類を前にしては、もう言い訳など一切効かなかった。




「つまり此処は病院ですよ。」




 それはまるで、トドメを刺されたかの様にサタの頭に響いた。ミラの声と同じ響き方…サタは突然、勢い良くアシに向き直った。


「アシも、何か隠している事があるんでしょ。」


それはもう確信に近い様な言い分。サタ自身も、何の証拠も無しに何故こんなにもはっきり言えたのかは分からない。けれども今のサタは、誰かを信じる事を拒絶していた。何もかもが疑わしい。目の前にいるアシだって、例外では無かった。


「アシも、何か隠してるんでしょ。ねぇ、そうでしょ?」


本当の事を言うと、今は挙動不審なだけで、「隠してないよ」と一言答えてくれれば良いだけだった。求めているのはNOの一択しかないというのに、目の前の彼は何も答えない。え、もしかしてもしかするの?本当に何か隠してたの?嘘でしょ?え、どうなの、どうなのさ?サタはまたしても混乱の渦に足を引っ張られる。アシの表情は丁度影に隠れる位置にあって分かりずらいが、唯一反射している眉の角度からして困っている事だけは分かった。




 そうしてしばらくの時が過ぎ、遂にアシは口を割る。サタはまたしても、人への信頼を失うのであった。


「…僕は見た目は機械ですし、中もほとんど機械なのですが、実は心臓だけは肉体でいられたんです。しかしつい先月、転んで胸を強打してしまい、それから不整脈が止まっていません。…そこで僕はお母さんの元へ行き、心臓さえも機械に変えようという覚悟までしていたのです。」


「していた?、って事は最終的にはしなかったの?」


サタは驚いてアシの胸を見つめる。見つめた所で何も見えないけど、心配でアシを近くの瓦礫に座らせる事はできた。そんな良いのに、とアシは言ったが、不整脈の辛さなんて知ったもんじゃない。知らない事に対して余裕な対応をするのは、サタの中では無礼に値する。


「それで、えーと…、」


「心臓を機械に変えようとして、?」


「あぁそうそう。僕は心臓の手術の申請にお母さんの元へ向かったのですが、其処にお母さんはいませんでした。代わりに置き手紙が二枚、お母さんがいつも使っていた作業台の上に置いてあったんです。一枚は『もう誰も直せないから、身体を大切に』と。もう一枚には『これを最初に見つけた人は鞄の中に入っている材料を、街に配って欲しい』と書かれていました。二枚目に関してはその後に何か短文が書かれてあったのですが、殴り書き過ぎてどうも読めなくてですね。結局分からず仕舞いで、兎に角僕は材料を配りに街を歩いていた訳です。」


「…。」


サタはアシの暴露を聞くなり何か質問を考えようとしたのだが、そもそも隠し事があったなんて予想もしていないもんだったから到底頭が回る様ではない。アシと違って表情が鮮明に伝わってしまう為、サタは敢えてポーカーフェイスを保っていた。しかしそのポーカーフェイスがあまりにも無表情過ぎた所為で、反ってアシを心配させてしまう。


「だ、大丈夫です?ほら、あの、つまりはですね…お母さんが何処かへ消えてしまって、僕は材料販売を任されたと。それとミラさんの行動は何か関連があるんじゃないかという事でして。」


「いや、分かってる…分かってたよ。」


病気の人にこんなに喋らせて良いもんじゃない、何とか自分で理解しないと。やっと混乱から抜け出せたサタは、たった今解放された新鮮な脳でもう一度アシの言葉を思い起こした。


「…一旦ミラを回収して、お母さんの家に行っても良い?」


「賛成です。道が分からないかもしれませんが大丈夫です?」


「あのデボ旗を使おう。」


「成る程、!」


幾らかのデボ旗を回収して、間違ったらまた戻ってくれば良い。少なくとも、ミラを回収できたら良い。


 そうして二人は再び走りだした。アシの心臓への負担がもう限界を迎えそうになっている事を、二人はまだ知らない。

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