第五話 込み上げる炎

「誰もいませんでしたよ。」




息を荒らしながらビルから出てきたアシは、何度か深呼吸を繰り返す。


「ほんと⁉︎」


「はい…。なんかガラクタみたいなのはいっぱいあったんですけど、人の姿は見当たりませんでした。」


ガラクタ、というと、何かの部品だったりするのかな。新聞社って言ってたから、印刷機とかの機械が倒れて人の姿に見えたのかな。なんて思いながらサタは燃えたビルを見上げる。


「まぁ人がいなくて良かったじゃん。次だ次。」


とそそくさと歩いていくミラ。ビル内に人がいなかった事に安心したのか、軽快なステップで明かりの中を歩いていく。後ろに燃え盛るビルのおかげで当分の自由行動が許されるが、サタは今こそ皆でいたかった。






 あれからそれぞれでドアらしきものを探しつつ資材も集めようと単独行動を続ける三人。ビルの灯りが届く範囲は意外と広く、数軒の家がポツポツと浮かび上がった。それらを手当たり次第探る内に、別の場所を探していた筈のアシとサタが合流した。


「お、アシ。」


「あぁ、サタ。」


家の玄関を開けた途端に出会った二人は、互いに多少の気まずさを漂わしながら入れ替わる様にして挨拶をした。


「…この家、何かあった?」


「必要なのは特に何も。他には…ベットと写真がありました。」


とアシが部屋を示すようにして手をかざす。幾らビルの灯りがあったとしても、家の中は暗闇を抱えている。家の構造、窓の有無によっては何も見えない所もあった。この家はその一つで、アシが幾ら指を指そうがサタにはさっぱり見えなかった。


「写真?」


「知らないお婆さんと、子供が写ってる写真です。」


唯一ランタンを手にするアシが実際に写真を掴みサタに見せてやる。


「ホントだ。お婆さんが住んでたんだね。」


「此処の家の住民は大体お年寄りが多い様ですよ。子供も意外と。唯不思議なのは、その間が見当たらない。」


アシが少し怪訝な目で部屋を見渡す。まるで不気味な廃墟に来たみたいに怯えを見せたが、機械の顔は立派な面を構えている。表現の点において、機械は理不尽な誤解を招くなとサタは感じた。


「…歳をとって死んだんじゃないの?子供も歳をとればおばあちゃんおじいちゃんになるし、」


「でも成長過程というのがあるでしょう。幾ら歳をとったって、70歳程で子供を産む家族なんて滅多にありません。」


「じゃあ間の人達は働いてるとか?ほら、近くに新聞社もあるし。」


「そんな全員が行きますかね。」


「じゃあ皆死んじゃった。」


「そんな一気に?どうして。」


「じゃあアシはどう考えるのさ。アシの意見も聞かせてよ。」


少々怒りも交えてサタがそう言うと、アシはうーん、とランタンごと腕を組んで頭を悩ませた。その姿はいかにもと言う風に知的に見え、またしてもサタは機械に嫉妬する。


「あくまで僕の意見ですけど…機械にされてしまったとか…。」


「…?」


サタにはサッパリなアシの意見。自分から言えと言っておいて理解できなんてなんて情けないとは思ったものの、そう思うのは一瞬の事だった。何時しかミラはサタに関してプライドが無いへっぽこなんて言ってたが、それさえもサタには刺さらず、もうとっくに忘れてしまっている。そんなサタだからこそミラが好いている訳だが、それは馬鹿にするというよりも尊敬の上での友情だった。


 まぁそんな事はどうでもよく。考える事を諦めかけようとしているサタに対して、アシは自分の考えを述べるだけ試みた。


「そもそもこの写真、不思議じゃありませんか?特に容姿。僕達は日々ミラさんを見ているから違和感が無いのかも知れませんが、今じゃ珍しいですよね?」


「…っ、機械の部位が無い!」


「そうなんですよ。」


確かに、アシの言う通り何時もミラを見ている所為で違和感は全く無かったが、よく考えてみれば全身が肉体の姿なんて珍しい。子供はまだしも、お婆さんに関しては異様な光景にさえ感じてきた。


「でもなんで?暗い中での生活や健康って難しいでしょ?」


「…昔はもっと先進的な医術があって、それが急に使えなくなったから機械に切り替えたとか。」


「あぁ…ナルホドネ…。」


多分…いや確実に理解していないだろうサタの顔に、アシはあえて何も言わずに前を向いた。言っても無駄だろうという諦めより、自分の意見が纏まっていないという不安から口を噤んだ訳だが。どちらにせよサタからすれば知ったこっちゃなかった。


 それからというもも二人で捜索を続け、蝋燭二本と埃の詰まったランタンを手に入れた。ドアはあっても特に鍵が必要な場所は無く、基本鍵穴があるようなドアは無かった。残すはミラとの合流だと二人が思った時、ビルの灯りが一気に影となった。


「…黒煙だ!」


アシが言うには、炎の勢いが弱まり、代わりに強まってきた黒煙が炎を囲み込んだ事で明かりが薄れたらしい。黒煙は人間の身体に大きな害を与える為、ミラの状況を早く確かめなければと二人は焦った。


「サタは外側を。僕はビルの方を探します‼︎」


と二つの影が走り出す。その間にも黒煙の勢いは徐々に大きくなっていき、変な匂いもしてきた。


(もしミラが大丈夫じゃなくっても。お母さんがいるから大丈夫だよね。)


そんな事を考えながらも必死でミラを探すサタ。徐々に暗く為りつつある視界を何とか広げながら、大声でミラの名前を叫び続けた。


 そして走っていくうちに、また、同じ場所に戻ってくる。つまりミラの声を聞き落としていない限り、ミラは外側の家にはいない。つまりアシが探しに行った内側にミラがいる。ビルはさっき見たよりも随分と炎が薄れ、暗さも異臭も増している所為で中々進めたもんじゃない。


「ミラー‼︎アシー、大丈夫かぁー!!」


ゴホッゴホッと喉に入ってきた煙たい塊を外へ出すと、片手で口を塞いで慎重に前へ進んでいく。


 二人の返事は、無い。明かりも消えかけ、次第に迫ってくる闇に押される様に少し足を早める。


「ミラ…アシ…?」


小さく繰り返す二人の名は、時々咳の中に紛れて外に放たれる。二酸化炭素を吸いすぎた為かクラクラと揺れる視界を窄めていけば、いつしか黒煙の中から見覚えのある二つの影が出てきた。


「ぁ…。」


それに安堵したサタはついに膝から崩れ落ち、駆け寄ってきたアシの姿を最後に意識を手放す。


 機械の体は二人を抱え込み、どんどんとビルから距離を置いていく。二人が目覚める頃には、きっとまた、ご愛用のランタンが目を覚ますんだろう。

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