第三話 海に向かって揺れる旗

 三人で歩く通り道は、何処か新鮮な気持ちを彼女らの心に吹き込んでくる。何時もなら十分足りるはずの明かりも今ばかりは足りない様にも思え、マッチが消えるタイミングもそろそろといった所である。


「そういやその鍵、何処で手に入れたんです?」


とアシがさっきの鍵をもう一度ミラから譲り受けると、まじまじと鍵の装飾やらを見つめる。その鍵はサタが持っていた懐中時計の一部となっていて、その懐中時計は以前サタが街で拾ったものだと説明を入れる。別にその鍵の重要性を知っている訳ではないけど、時計を壊してまで手に入れたんだから鍵穴を求めてやらないと割に合わんとミラは灯りの外を見ながら言った。


「時計を壊したんですか!?」


「うん。壊しちゃったね。」


ミラの軽快な口調にアシは驚きを隠せない。いくら義体であっても表情の豊かさは変わらず、機械で出来た眉が上下するのをサタは充分き楽しんだ。


「時計がなければ、寿命も縮まりますし、仕事が出来ないじゃありませんか。」


私達の代わりに焦るアシに、ミラはそうだねと微笑んで見せた。その微笑みに後悔は含まれているのだろうか。人間の表情というのは、感情に沿ってありのままに動く義体とは違い、まれに読めない時がある。


「そうだねって…お母さんに怒られるかもしれませんよ?」




「そんな事言ったって。私、お母さんの子供だから。」




 そう答えるミラの口調の変化に気付いたのはサタだけであった。アシは予想もしていなかったミラの返答に驚いてはいるが、それは単純な疑問を思い浮かべているだけに過ぎない。


「お母さんの子供⁉︎」


そうなの?っとアシを見るミラ。


「そりゃそうですよ。誰もが憧れるあ母さんなんだから、その子供となれば、相当良い暮らしをしているんでしょうね。」


良いなぁというアシとは裏腹に、ちょっと怪訝な顔付きに変わるミラ。ミラの過去について聞いた事は無かったが、サタがミラと出会ってからの事を考えると、そんなに良い暮らしはしていない様な気がする。


「サタもそうなんです?」


「え?」


ミラが何も答えなかったからか、代わりにサタに話題が降ってきた。


 サタは、残念ながらお母さんの子供ではない。ミラの友人ってだけで、姉妹ではない。別にミラの事を羨ましがっている訳ではないけど、かといって何も思わない訳でも無かった。その丈夫な身体はきっとお母さんの子供だからなのだろうとか、その整った顔はお母さんの子供だからなのだろうとか。彼女単体で優れている部分の言い訳として、ミラはお母さんの子供だからと思ってしまう事も、いつかはあった。


「サタは肩から下は義体なんですね。」


黙っている二人に気を利かして話題を逸らしてくれたのか、今度はサタの義体についての質問が飛んでくる。丁度服から見えている肩の位置で義体が埋められ始めているから彼はそう判断したらしいけど、実際は首から上が肉体なのであった。肺不全を起こしたのをきっかけに上半身が一気に義体になったのだと説明すると、そうでしたか、とアシに身体をまじまじと見られ、サタの中でうっすらと、恥ずかしみが顔を出す。




「サタ。」




 いきなりの呼び掛けに驚き首を痛めたが、どうやらミラは何かを見つけたらしい。その証拠に、ミラが指差す先にはランタンの光に反射する様に、キラリと何かが光って見えた。


 三人が近寄ってみると、それは何かの旗である事が分かった。旗の登頂についている金属部分が反射し、光っている様に見えたのだ。


「デボ旗…、」


「え?」


「…これ、デボ旗って言って…昔は登山とかで遭難の事を考えて、道導の為に使ってたらしいものです。」


「登山?」


サタとミラは改めて周りを見るも、この近くに登山ができるほどの傾斜はない。今三人がやって来た道は多少の坂を除いてほぼ平坦と言って良いし、何より近くで潮の匂いと波の音、つまり海があることは分かってる。こんな所から登山を始める奴なんて、果たしているのだろうか。


「僕も過去に数回見た事があるんですけど、こういうのって大概幾つか連なって見つかるんです。」


「でも、道導にしては、この色は見にくいんじゃない?如何して赤なんだろう。」


「あぁ確かに。」


サタのいう通り、デボ旗はこの暗がりからしたら凄く分かりにくいし見つけにくい。道導というなら、蛍光色の方がより適しているのは明らかだ。


「確かにそうですね…。何故なのでしょう…。」


そう言ってデボ旗を確かめるアシ。丁度目の高さまで持ち上げた時、アシは、足元に突っ掛かりを感じた。


「…?」


驚いて確認してみると、デボ旗の後方の先、つまり地面に刺す方の先端に、細い糸が絡んでいるのを見つける。その糸は真っ直ぐ三人の右方向に伸びており、ちょっとの距離を辿ってやると、その糸は何と海の中まで消えていってしまった。


「海に…。」


三人して海を眺め、行方をくらまそうとする糸を見つけようとする。


 すると突然ミラがランタンをサタから奪い取り、躊躇無く海の中へ入っていく。


「ミラ⁉︎」


「大丈夫。あ、でも貴方達は来ないで。壊れちゃうでしょ?」


「駄目だよミラ‼︎戻って来い!」


そう言ってもミラは戻って来ない。それどころか、どんどん足を進めていくばかりである。


「…、ミラさん。絶対に紐は離してはいけませんよ。」


「いいや、行くなミラ。アシも、何で止めないのさ。」


「…僕も気になるんです。」


「そんな事で…。」


とサタが言いかけた時、いつのまにかミラが海から上がってきていた。


「心配しすぎ。が見えたから、回収しただけだって。」


ミラは濡れた服を絞りながら、持っていたものをアシに渡す。それをサタが覗き込むと、それはまたしてもだった。


「それ、浮いてるのかと思ったけど、海岸の地面に刺さってあった。」


「…あそこ…昔は海じゃなかったんですかね…?」


アシは何度かデボ旗と海を交互に見て、そう呟いた。


「そんな訳あるか。仮に海の水位が上がってたとして、何であそこに旗を刺すんだよ。」


「でも、私もそう思うよ。」


「何でさミラ。」


「だって、海岸っていうのは砂場があるって、本で読んだ。」


「…そうかもしれないけどさ…。」


正直、ミラの知識を否定するつもりは無いし、これまでにミラが間違った事なんてない。だけど、此処が元々陸だったというのは、到底サタは信じられなかった。


 サタは昔、まだミラと出会っていない時代、そして自分の身体が肉であった時の時代には、父が色々と世話をしてくれていた。父の趣味は釣りであり、毎日家に帰ってきては海の様子をサタに話してくれる。その内容として父が教えてくれたのは、釣りをする時の立ち位置のコツ。地面の岩のどこに足を引っ掛けるだとかどこを基準に竿を投げるだとか、細かな情報がサタに流れてくる。それがもし、本当に海の水位がどんどん増えてくんなら、父のこだわりの地面も、今はもう海に埋もれてしまっているかもしれないというのだ。サタは一度でも良いから、父の教えを再現してみたい。そういう意味でも、此処が陸だったというのは、到底サタは信じたく無かった。


「ほら、行くよ?」


ふとミラに肩を叩かれ、はっと現実へ引き戻されるサタ。


「あ、分かった…。」


そう言うとサタは、海に背を向け、その場を去った。


 赤いデボ旗は、今でも海を向き続けている。

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