第二話 仲間との出会い

 鍵は手にしたものの、何処の鍵かという手掛かりが一切無いこの状況で、どう動けば良いのだろうか。ミラとサタは壊れた懐中時計を他所に寝転がりっぱなしでいると、今出て来た森とは反対方向から、何かが近付いて来る音がする。




「サタ。」




とミラが言うと、素直にサタはランタンを寝転がったまま音の方向に掲げた。ギシッギシッと湿った草が踏まれていく音の中、ミラの呼吸を側で感じるミラ。まだ光の届く範囲内に入っていない所為で何も見えないが、少なくとも相手は此方の光源の動きに反応し、足を止めたのが音で分かる。その間もミラは鍵をぎゅっと握り締めており、視線は暗闇の中の、何かがいるであろう一点を見つめていた。




「サタ。」




と繰り返し呼び掛けられたが、今度の要望は流石のサタでも分からなかった。しかしサタも、視線をミラに向ける訳にはいかなかった。其所にいる筈の何かが、どうしても気になるのである。だからサタは、せめてもとの思いでよりランタンを持つ手を伸ばした。


 何時までもこうしてはいられないのだろう。相手は此方に歩み寄り、見えてきたのは小柄な姿だった。


「…。」


サタと同じ、身体を持たない機械の少年。頭だけは人間であるサタとは違い、彼は全身が機械であった。ガチャガチャと義足を鳴らしながら、相手も此方に視点を止めた。


「この歳の人間の全身、初めて見た?」


小さな声でミラに名を呼ばれ、慌ててサタが彼に問いた。すると相手は戸惑う様に、合わせていた手の指を絡める。


 此処の街では、住民同士が会う事さえ珍しく、全身が肉体のままである人間と会う事なんて更に珍しい。人間にとって日が上らない世界での生活は酷であり、中々優雅に暮らせはしない。その為人間の多くはサタや彼みたく身体を義体に変えて少しでも負担を無くして生活を営む。義体というのは義足、義手にとどまらず内臓さえも人工的に作り変えてしまう事が可能な訳だが、脳だけは人間のまま残されるらしく、勿論成長だってしない訳ではない。義体の技術が何時発展して今に至るのかは分からないけど、この街には義体師である人物、通称“お母さん”によってサタ達は人間の様な暮らしや生活が保たれているのだ。お母さんは定期的に街を回り。マッチや食料などを持って来る。その際に身体の点検も行い、怪我があれば医療処置を、どうしようもない場合には肉体と義体との入れ替えをしてくれる。健康であれば元の身体のまま成長を遂げる事が可能だし、壊れてしまえば義体に取り変えるのも仕方のない事。義体の入れ替えは個人差があるものの、未だに全身肉体を保持している人間は恐らくミラしかいなかった。それは彼女の身体が頑丈なのか、何か特別な理由があっての事なのかは、まだ誰にも分からない。


 話は戻り、彼はそっと重たげな荷物を地面に置く。


「名前を聞いても?」


サタの問いかけに、彼は小さく「アシ」と答えた。ミラとは真逆の全身義体であるアシという彼は、サタ達との視線の差を少しでも無くす様に地べたに腰を下ろした。


「アシと申します。“お母さん”に頼まれて、街を回りながら商売をやっているのですが、少し困った事がありまして。」


さっきとは違う調子でそう言い、鞄の中に詰めてあった食料やらの商品を次々と並べていく。


「困った事って?」


とサタが聞くと、アシは一度手を止めサタを見ると、何故だかまた商品を並べ始めた。商品はざっと三十個程。種類で言うとランタンとマッチとパンの三種類だ。それを一つずつ丁寧に地面に並べていく。まさかこれ全てを売りつけようって言うのだろうか。サタは不安な目で一役を遂げたらしいアシを見ると、やっと彼は口を開いた。


「それがですね、“お母さん”の家を出てから、誰とも会ってないのですよ。従って何も売れてもございません。何処もかしこも相変わらずの暗闇ばかりだし、売り物のランタンを勝手に使うのも気が引けてしまってですね。先程の貴方達のそのランタンの明かりを見つけた時はどんなに輝かしく感じた事か。余りの神々しさに一瞬視力を奪われた程です。」


淡々と話始めたアシの様子に、ミラとサタは顔を合わせる。二人とも、アシの初めの雰囲気からして相当大人しめな奴かと思っていたのだが、それはランタンの神々しさに怯んだだけだった様で。長らく声を出してなかったのか、掠れた声から始まった彼の相談事は、今や消え去った昔のアイテム、ラジオを思い起こさせる。


「それで、唯一出会ったお二人さんにこれらを買えるだけ買って欲しいのですが、如何なさいましょう?」


といつの間にか終わりを迎えるアシの話に、今まで存在を押し切っていたミラが進んで応答してくれた。


「買ってあげない事もない。」


「おぉそうですか。ありがとうございます。」


「でも、条件がある。」


「ほぉ、条件とは一体。」


するとミラはずっと握りしめた手をアシの方へ差し出し、サタにランタンを近付けさせた。


「…鍵、ですか。」


「そう。でも何処の鍵かは分からない。だからそれを一緒に探してもらう。」


あー、と納得しようと声を上げるアシ。しかし口では成る程と言いつつも、顔にはまだハテナの文字が浮かんでいた。


「私達には、物資がない。この鍵の鍵穴を見つけたいんだけど、何時まで続くかも分からない。だから、一緒に探して欲しい。」


鍵を差し出すミラの腕も疲れたのか。プルプルと震えているのが見える。


「一緒にですか…。」


アシは何とも言えない顔で鍵から目を逸らすと、逸らした先のサタとの視線のぶつかりに、少々気まずさを覚えた。サタの方はというと、ミラの突然の交渉に驚く余り、視線がぶつかった事さえも気付いていない。


「一緒に街を回る上で、商品も売ったらいいじゃない。ねぇサタ?」


「ん?」


「え。いやだから、私達とアシが一緒に街を回っていけば、鍵穴も探せるし商品も使えるし、一石二鳥でしょって。」


と丁寧に説明をくれたミラに、改めてサタが同意の意を返す。アシも、まだ理解が追いついていない様子ではあるものの悪い気はしていない様で、うんうんと頷くだけであった。


 それじゃあ早速、とミラが立ち上がる。服に引っ付いた草が肌に刺さって気になるのかミラは何度も自身の服を払っているが、腰の位置まで義体が侵食しているサタや全身が義体であるアシからしたら、それは何とも不思議な行為であった。一緒に行くからには君達の名前も教えてよとアシに言われ、其処で初めて相手に自分の名を伝え忘れていた事を知る。慌てて済ませた自己紹介は、果たして相手に伝わったのだろうか。

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