第17話 老婆の呪い

 空を飛ぶというのはなんて気持ちのいい事なんだろう。

 肌を撫でる、いや、切り付けるような風。言われたように自身を守る魔法で逸らしてなかった時は痛みで落ちそうになってしまった。

 だけど今はそんな事もなく、ゆっくり景色を見る事もなく、流れゆく景色に感動していた。


 こんなにも世界は広がっていたのだ。今なら何でも出来、そしてどこまででも行くことが可能なのではないだろうか。

 根拠の無い全能感を感じてしまうほど私は興奮していた。


 この流れゆく景色を彼と共有したい。通り過ぎ行く一度通っただろう村や町の広さを教えてあげたい。

 世界を感じつつ、しかし彼との短いが私にとっては色濃かった思い出を思い出す。


 多分あの馬車が止まっている場所で休憩をした。たしか焼いた肉をパンに挟んで食べた。酢漬けにしたキュウリやキャベツも食べた。思っていたよりも酸っぱくて内心驚いた。彼も酸っぱいですねと言っていた。


 そんな思い出をおかしく思いながら、どんどん私は進んでいく。私の先に立っていた約束を守り、果たすために。


 地図に描かれた目的地である町に到着すると感じる。これはあの時出会った老婆の気配だ。本当に老婆なのか疑いたくなるほどの力強さを感じてしまう。

 私はその力強さを感じる方角へと歩く。少し歩いたところに老婆は一人ベンチに座ってこちらを見ていた。その姿は優しさそのものと言った感じでありながらも面白そうにしている感じでもある。私の言葉を待っているのだろう。


「こんにちわ、私の事を覚えていますか?」

「こんにちわ、もちろん覚えているよ。約束は果たせそうかい?」

「約束を果たそうと思いここまで来ました。よければ彼への干渉はやめていただけませんか?」

「ふむ、それ自体は構わないけれど、それだけでいいのかい?」

「過去へ転生するのもやめて欲しいですね。どうやらお婆さんが転生するとそれ以降、暗闇になってしまうそうなんです。未来がそこで途絶えて私たちは何も知らずに人生をやり直すとか。それでは困るのです」

「困る? 何が困るんだい?」

「彼とお花を見る事が出来ないです。それでは約束を果たせません。きっと私は一緒にお花を見なければ後悔してしまいます。それは困ります」


 私はもう振り返らず、後悔することはやめたのだ。なのに後悔してしまうような事が目の前にあっては排除するしかない。


「そもそも何故お爺さんとの約束を破ってまで転生したのですか?」


 これが一番の謎だ。ずっと約束を守って来ていた事を私のためだけに破る必要はどこにもない。


「ふむ、約束を破ったと言われたのかい。それは間違いだよ」

「間違いとはどういう事でしょうか?」

「約束を破ったのではない、呪いから逃れようとし、そして何度も失敗した。というのが正しい」

「呪い? それに何度も失敗したとは?」

「簡単さ、私は死ねない呪いにかかっている。だから何度も転生しては呪いから逃れる方法を探していたのさ。もう一人の私はいろんな人間に転生しすぎて記憶の一部が欠け、そして書き換えられてしまっているのだろうね」


 老婆は少し申し訳なさそうにもう一人の自分を思っている。失敗した結果、求めているものは同じでも何故そうしたのか、その記憶が欠けてしまうほど転生させてしまった後ろめたさを感じる。後悔と言うべきものだ。


「その呪いから逃れる事が出来れば転生しなくてもよくなる、という事でいいのですか?」

「そうだね、それさえ出来れば私はこのループから外れ、死ぬことが出来る」


 呪いから逃れる事が出来るようにすると結果的に私が殺したことになるのでしょうか? それとも老婆を人として生涯を全うさせることが出来ると考えるべきなのでしょうか。


「私の力でその呪いから逃れる事が出来ると言ったらどうしますか?」

「それが出来るのならば是非ともお願いしたいが可能なのかい?」

「可能です。ですが条件があります。彼への干渉をやめ、そして目覚めさせてください。それが叶い次第、必ず私がお婆さんを呪いから逃してみせましょう」


 私が必ず呪いから逃して見せると確信をもって言ってのけると、老婆は驚きと共に縋るように頼み込む。


「必ず目覚めさせる。だから私を呪いから解放してくれ」


 その頼みに私は頷き応える。


「この盲目の魔女に任せてください」と。

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