第7話 変わった老婆
「ありがとうね。もうダメかと思ったわ。貴方は命の恩人よ」
「いえ、そんな命の恩人だなんて。私は大層な事はしておりませんよ」
今馬車に私たち以外に一人女性が乗っている。初めて他の乗車客と一緒になった事になる。
ただ、街を出るときから一緒という訳ではなく、道中でケガをして動けなくなっている所を拾った形になる。
「そんな事はないわ。あのままだと私はあそこで行き倒れてしまっていたでしょう。だから間違いなく命の恩人よ」
「応急処置は確かに私がしましたが、馬車に乗せてくださったのは御者の方です。なので感謝をするならそちらにお願いします」
「御者の方にももちろん感謝していますよ。そちらの子もごめんなさいね、私のせいで馬車を止める事になったあげくお邪魔してしまって申し訳ないわ」
「え……いえその、気にしないで下さい。御者の方が言っていたように丁度馬を休ませるタイミングだったようなので」
「優しいのね、ありがとう」
彼女からはとても優しく、そしてとても強い力を感じる。声を聴く限りでは老婆だと思うのだけれど、どこにそんな力があるのだろうか。
それに、ケガをしているはずなのにとても元気だ。もしかしてそこまで酷いケガではなかったのかもしれない。
でもこの老婆は街道で一人ケガをしていて不安で仕方なかったのかも。ならば恩を感じてもおかしくはない。
私もお母さんが亡くなって一人になった時、不安で不安で仕方がなかった。
一人でどうすればいいのか分からない、その不安がどれだけ恐ろしいものか私にはわかる。
きっと私と同じだったのだろう。誰かに手を差し伸べられるという希望が訪れる時を望んでただ待っていたのだ。
「次の町で私は降りるから安心して。お二人の邪魔はしないからね」
「そうですか。それと私たちはそういう関係ではないですよ」
「そうなの? 私はお似合いだと思うわよ」
老婆は次の町で降りるようだ。そして私たちの関係を勘違いしている。
ただ彼が否定したとき、なんとなくモヤッとしてしまった自分がいて、初めての感覚で気持ち悪い。
「ふふ、そういう事にしておいてあげるわ。少し変わった優しい彼女さんに一つだけ。絶対彼との約束を果たしなさい。それが彼女を救う事になるはずよ」
「私を救う、ですか? それに何故私と彼が約束をしている事を知っているのですか?」
私が彼と約束をした事は誰にも教えてない。なぜこの老婆が知っているのだろうか。あと私たちが本当にそういう関係じゃないと分かってない。
「私が言ってる約束はその事ではないわ。きっと近いうちに彼ととても大切な約束をすることになるはずよ。だからその約束だけはどんな事が起ころうとも果たして欲しいの。いい?」
「約束を違えるつもりはありませんが、分かりました。その時が来たときは必ず果たすようにします」
「ええ、お願いね」
この老婆の話を信じるなら私の先に約束が立ったようだ。その約束を果たした時、私は救われるという言葉。
普通ならば適当に流してもいいはずなのに、それが出来ないほどの力強さを老婆から感じた。きっと彼女が言っていることは本当なのだろう。
だから私は断る事もせず、頷いた。
彼女の言う救いがどんなものかは分からないが、彼とまた約束する事が出来るというだけで何故か私の心が弾んだ気がした。
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