第6話 約束

 不思議なほどに静かな朝。昨夜はとても賑やかで騒がしかったのに。

 きっとその対比でこの静かな朝を私は悲しく思っているのだろう。


 私がベッドから起き上がるとそれに気づいたのか、彼が話しかけてくる。


「どうされました? まだ夜が明けるか明けないかと言った時間帯ですが」

「すみません、起こしてしまいました。随分静かだなと思っただけですので」

「そうですか、確かにそうかもしれませんね。すみません、まだ早いので私はもう一度寝かせてもらいますね。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 まだ眠いのに起こしてしまい申し訳なく思う。だから私は引き止める事もせずに彼へとおやすみと言う。

 私ももう少し横になろう。変に動いて彼を起こすと悪いと思うから。


 それからどれほど経っただろうか。外から人の声がしだす。

 そうすれば彼も起きてきた。


「おはようございます」

「ええ、おはようございます」


 簡単な挨拶をすませ、すぐに彼は準備を始める。


「今日は馬車のお迎えは来ませんよ?」

「はい、ですが今日は散策をするのでしょう?この街は広いですから早めに行動を開始しようかと思いまして」

「そうでした、この街はとても広いのでしたね。どれほど広いか楽しみです」


 そうだ、この街はとても広いのだった。この国で3番目に広い街。どのくらい広いのだろう。

 そんな考えをしていた私へ、準備の終えた彼は話しかけてくる。


「ではさっそく行きましょうか。足元にお気を付けください」

「ありがとうございます。はい、ではさっそく行きましょう」


 宿を出て少し歩いたところで彼は申し訳なさそうな感じで話しかけてくる。


「宿を出る前に店主に昨晩用意してもらっていた食事を受け取ったのですが、時間も惜しいので歩きながらで悪いのですが食べてもよろしいでしょうか?」

「ええ、今日の事をお願いしたのは私なのでそれくらい気にしませんよ」

「ありがとうございます。では」


 そういって彼は何かを頬張った。

 ここ数日一緒にいて彼の人となりを感じて知った気になったつもりだったが、まさか歩きながら物を食べるなんて以外だった。

 礼儀を重んじる性格だと思っていたが、こんな一面もあったのだなと微笑ましく思う。

 きっと他にも私の知らない一面を彼は持っているのだろう。出来る事ならもっと色々な一面を見てみたい。


 彼は素早く食事を終えると、歩きながら近くにある物や建物、お店などを細かく教えてくれた。

 途中、お店に入り、彼だけでなく店員の話を聞くことも出来た。その店は主に女性向けの商品を取り扱っているとの事で、きっと私の事を考えてお店選びまでしてくれたのだろう。

 女性ばかりのお店は気後れしたり恥ずかしかったりしただろうに、その気遣いに申し訳なくも、嬉しく思う。


「もう少し歩くと公園があるそうですから、そこまで行ってみましょう」


 彼の言葉に頷き、公園までともに歩いていく。

 私の歩くペースに合わせてくれているのは正直嬉しい。こんな風に一緒に歩いてくれる人など私にはきっといない。


 しばらく歩くと匂いが変わる。


「もしかして近くにお花が咲いていますか?」

「ええ、少し先に沢山の花が咲き誇っているのが見えますが、よくお判りになりましたね」

「匂いがしましたので。しかし沢山ですか。お花は美しいものだとか。一度は見てみたいものですね」

「なるほど、匂いですか。たしかに花は美しいものばかりですね。もしも目が見えるようになれば見てほしいです」

「目が見えるようになれば、ですか。ではその時は一緒に見てくださいね」


 花は美しいだとか綺麗だと聞いたことがある。だから一度は見てみたいと昔から思っていたものの一つだ。

 私が目が見えるようになったら一緒に見てくれと彼に告げると彼は困った感じで答えてくる。


「私が一緒でよろしいのですか?」

「貴方がいいのです。もしも私の目が見えるようになった時はもう一度ここにきて一緒にお花を見てください。ダメでしたか?」

「いえ、もしその日が来たときは一緒にここの花を見ましょう」

「約束ですよ?」

「ええ、約束です」


 彼はひとつ覚悟を決めた感じで、共に見てくれると約束してくれた。

 約束ひとつでそこまで覚悟を決められると困惑してしまう。もしかして嫌だったのだろうか?

 しかし負の感情は感じられないので、絶対に約束を守ると決意してくれただけなのだろう。


 私たちは来た道とは別の道を通り宿へと戻る。

 明日も早朝から馬車に乗っての移動になるので私たちは早くに休むことにした。

 私は今日の事を一人思い出しながら休むのだった。

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