第4話 お名前は?

「ところでキミ、お名前は? って、赤ちゃんに聞いても答えられないよね」


「アギャ!」


「わっ! 私の質問に答えてくれたの? えらいえらい。こんなに賢い子だもん。きっとすぐにご両親と会えるよ」


「あぎゃぎゃ。ばぶっ!」


 耳が長い謎の女性を俺を赤ちゃん扱いしたまま勝手に話を進めていく。俺は俺で赤ちゃん言葉しか発せてないからどっちもどっちだ。


 めぐみさんに赤ちゃんになる薬を一服盛られてしまったというのはあまりにも非科学的な結論だ。ただ、この人の長い耳が特殊メイクとも思えないし、さっき飲んだのは母乳だった。


 当時の記憶なんて全くないが、乳首に吸い付いてそこから出てきて液体を飲んだんだ。母乳以外にあり得ない。


 どこまでが現実でどこからが非現実なのかその境界線が曖昧でただただ頭が混乱する。オムツを履いた成人男性を客商売でもなくこんなにも甘やかしてくれるのも不思議だ。


 彼女の口ぶりからすると俺は両親とはぐれたことになっているし設定が作り込まれている。窓から見える景色から察するにここが1階なのが気になる点であるが、今のところ人が通るような気配はない。


 繁華街ではなくどこかの森の中みたいだから、仮に見られたとしても二度と会うことはないだろう。クチコミにこんなシチュエーションになるなんて一言も書かれていなかったのは、初見の衝撃をみんなに味わってもらいたいという配慮なんだ。そうに違いない。


 だとしたら俺も先人の心遣いを受け継ぐとしよう。たしかクチコミを投稿すると次回1000円引きのクーポンが貰えたはずだ。


 最初の高いハードルを乗り越えればどんどん赤ちゃんプレイの沼にハマっていく。商売がうまいなこのヤロー!


「うーん。せめて名前がわかればギルドに連絡できるんだけど」


 ギルド? ギルドって言った? 現代日本にそんものあるの? 赤ちゃんプレイに加えて異世界プレイまで体験できるとは聞いてない。追加料金がとんでもないことになってるんじゃないだろうな。


 頼んでもない謎のオプションでぼったくられるのはごめんだぞ。俺はここを優良店だと信じてるんだ。最後まで信じさせてくれ。そして、また来たいと思わせてくれ!


「あっ! そういえばさっき」


 謎の女性は再びオムツを脱がした。状況が飲み込めず混乱したせいで興奮は収まっている。平常時の情けない姿を見られるのは恥ずかしい。だけど抵抗はできない。


 足をバタバタさせてはみるものの簡単にマジックテープを剥がされ陰部を露わにされてしまった。


「やっぱり! おへそに名前を書くなんて変わったご両親ね。でもこれで何て呼べばいいかわかったわ。マモルくん、ね?」


下腹部に名前が書いてあるのだとしたらめぐみさんの仕業だ。寝てる間にとんでもないことをしてくれた。マモルくんのマモルくんみたいな言葉責めでもするつもりだったのだろうか。


 赤ちゃんが無抵抗なのをいいことに好き放題してくれる。……想像しただけで股間が熱くなる。首をうまく動かせないので目視はできないが、感覚的にむくむくと充血しているのはわかった。


「ばぶっ!」


「ごめんごめん。オムツを脱いだままだと恥ずかしいよね。本当はすぐにギルドに連絡した方がいいんだけど……今日はもう遅いからうちに泊まっていってね。赤ちゃんが一人で歩けるわけないか」


「だっ!」


「歩けるって? ふふ、マモルくん本当に元気な子ね。こんなに元気ならすぐにご両親が見つけてくれるわ。きっと何か事情があったのよ」


「ばぶぅ……」


「心配しないで。もうすぐこの子が生まれるから準備は完璧よ。まさかこんな形で役立つなんて思ってなかった。剣だけじゃなくて育児だってできるんだから」


 俺の頭を撫でながらそう語る彼女の声は、風俗に来たおじさんに対するものではなく無垢な赤ちゃんに掛けるそれだった。

 めぐみさんはプロとしてママを作り上げている感じだったが、この女性はこれから母親になる点も含めて純度100%のママだ。


 オムツを履いた成人男性にここまで優しくできるだろうか? 首を横に向けてチラリと自分の腕を見ると明らかにおじさんだ。腋毛だって生えている。

 

 それにアレだってしっかり機能してるんだ。いくら小さくても赤ちゃんと言い張るのは少々無理がある。


「ねえマモルくん、一緒に寝てもいい?」


「だっ!?」


「私ね、シングルマザーになるんだ。って、こんなことマモルくんに言ってもわからないか」


 彼女は照明を消すと何も言えない俺の隣で横になった。ノーブラなのか大きな胸が重力に引っ張られている。ちょっとでも顔を動かしたらおっぱいにダイブできそうだ。


「ずっと一人で不安だったんだ。ちゃんと出産して、この子の母親になれるのかなって。だけど、さっきマモルくんに母乳をあげてちょっとだけ自信が付いた。ありがと」


 額にキスされると同時に丸出しになっている上半身に布越しのおっぱいが当たった。俺はさっきここから母乳を吸ったんだと思うとぞくぞくと電流が走った。


「おやすみマモルくん。明日、一緒にギルドに行こう。きっと捜索願いが出てるから」


「ばぶっ」


 彼女の優しさに無言を貫くのは失礼だと思い、今の俺ができる精一杯の反応を示した。120分なんてとっくに過ぎている。頼んだ覚えのないオプションに延長料金が加わったら一体いくら支払えばいいんだ。


 そんな不安が胸の奥でざわついているのに、耳が長い謎の女性の穏やかな寝息を聴いていると不思議と心が落ち着いてきた。


 俺、本当に赤ちゃんになったのかもな。

 あまりにも赤ちゃんになりた過ぎてものすごく濃厚な夢を見てるんだ。きっとそうに違いない。


 これが夢なら、この世界で眠りにつけば覚めるはずだ。

 

 起きたら一発抜こう。


 たぶん自分でするしかない。こんなに長い夢を見てるんだ。現実でもかなりの時間が過ぎ去っている。

 めぐみさんとのプレイはまた来店した時のお楽しみだ。どんなに延長してもちゃんと支払いさえすれば出禁にはならないはず。


 残業が辛くて赤ちゃんになりたかったのに、また赤ちゃんになるために残業する羽目になりそうっていうのは皮肉なものだ。


 だけど、ただ漫然と社畜をするのとは違う。やっぱり目標があるって素晴らしい!

 

 赤ちゃん言葉と赤ちゃんくらいの体力しかない状態で考えることは、赤ちゃんらしからぬことだった。

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