第三十六話 飽和する不満
カンさんが向こうへ行ってしまってから三日。事態は一向に良くならない。未だにカンさんの行方は分からず、僕も向こうへの行き方を見出せないままである。
「こうなったら時間を戻すでも何でも良いからどうにか出来ないのか?」
「ケン、カンが心配なのは分かるけどそう急かすなや。」
「…。」
「照葉、他に何か案は無いんか?」
「これ、もし行けたとして、僕だけで行くんですか?」
「皆で行けたらそれはそれでええんやが。」
「…手を繋いで貰えますか。やってみたいことがあるんです。」
「?」
皆で輪になって手を繋ぐ。一応此処にも誰かがいた方が良いと、ダーさんは残ることになった。
「手を繋いだぞ。これでどうするんだ?」
僕は思いきって力を込める。身体の何処にでも無く、地面に向かって力を入れるように専念する。正直ゴンさんと帰った時は危機感のあまり意識的ではなかった。だけど以前一人で世界を行き来したときは、確か互いの事を考えていたら僕の力は作動した筈だ。つまり、此方にいる時は兄を思い、向こうにいた時は皆を思った。此れ迄はカンさんを思っていたけど、そういえばカンさんは此方側の存在だ。
試しに兄を思ってもう一度力を込めた。
「…!」
ふと、目の前からダーさんが消えた。
「…移ったのか?」
皆もまだ手を繋いだまま、周りを見回す。どうやら成功したようだった。カンさんを探さなきゃ。何処へ行ったかは知らないけど、探さないと何も始まらない。
するとケンさんが早速空を飛ぼうとするもんだから、全力で制止する。
「何するんだ?」
「向こうに見えているかもしれないんです。」
「見えていないんじゃなかったのか?」
「多分それは、僕の力が上手く作動出来なかったからってだけかもしれないんです。兎に角今は様子を見ましょうよ。」
「そうなのか?」
仕方ないと顔をしかめてケンさんは歩き出す。取り敢えず二人ずつに分けて周りを詮索しようというシンさんの案に乗っ取り、僕はリーさんと街の方に、シンさんとゴンさんは森の方に、ケンさんとソンさんは反対側の街の方に向かう事にした。
「何かあったらどうすれば良い?」
「地面に皆さん自身の力を注いでください。衝撃を与えるだけだと気付きにくいので、熱を伝えるなり電気を与えるなり何かしらの合図があれば、僕が皆さんの方へ伝えます。」
「了解。」
僕らはそれぞれの方向に足を進めて行く。何かカンさん側から信号が来たら良いんだけど。
街には相変わらず観光客が賑わっている。
「えらい騒がしいなぁ。」
「此処、観光地なんですよ。」
「成る程ね。」
その観光客にカンさんの容姿を伝え居場所を解いていく。生憎商店街や旅館が並ぶエリアにカンさんを見た人はいなかった。となれば一旦戻るしかないのか。半日程走り回った道を折り返し走ろうと思えば相当な体力がいる。僕らは近くのベンチに座り休憩を取ることにした。
「カンの事やし水辺にいるんとちゃうか?」
リーさんがさっきサービスエリアで貰った水を手に、目の前の綺麗な川を見ながらそう言う。
「確かにそうですね。でもどうします?もしそうだったとして、僕らはこんなに必死なのに釣りでもしてたら。」
「ハハッ、あいつならやりかねないな。」
川の流れは、僕が思うよりずっとゆっくり流れている。幼い子供が川に入っていってしまう気持ちが少し分かる気がする。でもあの下の流れは、僕が思うよりずっと早い。簡単に人を死へ流し込んで仕舞うんだろうな。
「行くか?」
気が付けば手元の水も無くなり、リーさんは立ち上がっていた。行きましょうと僕も立ち上がると、何か足に感じることがある。それが皆の合図だと気付くのには少し時間が掛かったけど何とか気付けて良かったと思う。
「どしたんや?」
「此方です!」
「あぁ、合図か?」
それは矢張僕らが来たところとは反対方向の森の中。僕は皆に連絡をと思い多少の振動を起こさせた。相手に伝わらなかったとしても、目的地に合流する事に越したことはないだろう。多少地面に手伝って貰いながらも、僕らは必死で走っていく。街の観光客の方に二度見されているだろうけど、そんなのどうでも良くなってきた。僕は、カンさんに会えると思うだけで、勝手に足が回っていく様だった。
「カンさん!!」
合図があった場所は、リーさんの言っていた通り川の近くだった。釣竿も近くに置いてある。でも、釣りをしているのはカンさんではなく、その隣の子供。
「カンさん、何してるんですか?」
僕は直接本人の元へは行かず、少し距離を置いて見つめるケンさんとゴンさんに聞いた。
「此処へ来た時、家出と勘違いした釣り堀経営をしている親子に拾われたんだってさ。」
「へぇ、無事で良かったじゃないですか。」
僕が早速カンさんの元へ行こうとしたら、今度は僕がケンさんの手に制止される。
「行っちゃ不味いんですか?」
「…。」
「早く皆連れて帰りましょうよ。」
何も言わない、手も退けない。するとゴンさんが、ケンさんの代弁をしてくれた。
「あいつ、ずっと此処にいる気だそうだ。」
僕はゴンさんがいう言葉を理解出来ない時間があった。僕は、出来るだけ、あわよくば最期まで、皆と過ごしたい。それは僕が人嫌いで、人間関係に多大な不満を抱えていたからだ。僕は皆に依存している。八卦の皆に、兄に。それを僕は気付けなかった。皆は皆で過ごしたい人がいる。カンさんは、人間が好きなんだ。だから此れは仕方の無い事。僕が手出ししようにも出来ない事だった。ケンさんの沈黙の意味に気が付き、僕は承知の意味でケンさんの手を退けた。こんなにも感傷的になってしまうのはどうしてなんだろうか。正直、八卦の仕事は此方の世界でも出来ない事はない。
「あ!照葉君、来てたんですね。」
カンさんが此方に手を振っているのが分かる。僕は恐る恐る歩を進め、カンさんの元まで行った。
「此れ面白いんですよ。此の中に魚を放ち、それを釣るんです。そうすれば、此処以外に魚の逃げ場所が無い為、釣りが苦手な人でも釣りやすくなるんです。」
「面白いですね。僕でも釣れるかな。」
「絶対釣れますよ。」
カンさんの目の輝き様に、心が痛くなる。
「皆さん、僕が帰るって言い出すのを待っているんですよね。」
「え?」
急にカンさんは僕の方を向かって難儀な疑問をぶつけてきた。何て答えれば良いんだろう。正直、僕だけでは決めかねない内容を、僕だけでどう答えようか。
「…。」
「すいません、変な質問をしちゃって。」
「…。」
正直、何て言えば良いのか良く分からなかった。言葉を探している内に、次口から声を出せるのは何時なんだろうかと心配さえしてきた。
「僕、帰りたく無い訳じゃないですよ。唯、もう少しいたいなって思っているだけです。」
「…。」
「僕も皆といたいのは山々です。勝手に家を出たりしてすいません。」
「…いえ、大丈夫です。」
「あ、そうだ!」
いつの間にかすぐ後ろに来ていたゴンさんが声をあげる。
「一年の間に何回か此方に来ようぜ。そしたらカンも満足するんじゃねぇか?」
「確かに!僕それが良いです。」
確かに確かに。その方が面白そうだし楽しそう。毎回同じ場所ってのもなんだから折角記憶があるんだし案内でもしてあげようかな。
「じゃ、決まりだな。」
ケンさんも頷いている。でも、一年というワードで頭をよぎったのは、あの神の目覚めという言葉だ。僕らは今三度目、正確には一年目の秋を迎えようとしている。つまり再来年になると、またあの危機がやって来るのだ。コンさんみたいに時間を戻す?でも永遠に此の二年間を過ごすわけにもいかない。カンさんもカンさんで僕らと戻る方針で良いと言うけど、カンさんの本心は戻りたく無さそうだった。それは僕が思うに、リーさんの話にあった先輩について何か抱えている事があるからだと思う。こうして他の事で紛らわす事で、精神が楽になるのかもしれない。
「さぁ、帰りましょう。」
右側の耳から、僕が思っているよりずっと明るい声が聞こえる。いつの間にか集まった八人。皆で手を繋ぎ、僕も力を入れた。
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