第三十四話 蘇る記憶

「おい、大丈夫か⁉︎」


「起きろ‼︎」


「目を覚まして下さい‼︎」


僕の耳元で、色んな叫び声が聞こえる。その叫び声に意識を引っ張られ、僕は目を覚ました。


「誰…?」


僕の周りには知らない人達が、心配そうな顔で此方を見ている。


「誰って、お前…、」


「照葉、しっかりしろ。」


照葉と呼ばれてはっとする。そうだ、僕は照葉だ。この一瞬で、何で忘れてたんだろう。僕はさっきまで兄と一緒に病院にいた筈だ。病院で、僕の身体を見送った後、僕は急に眠くなって、兄に僕は置いてけぼりにされて…。今僕は皆の元に戻っている。


「僕、京都にいた筈なんですけど。」


「俺が連れて帰った。残念だったか?」


「いや、残念というより、」


皆に会いたかった。あのまま人間に混じって暮らすのも良かったけど、会話が出来ないのはやっぱり寂しい。完全に相手に無視されているようで、凄く心細かった。二年という短い間に、僕らは友達以上の関係を持ってしまった。もう僕は一人じゃない。そう思えただけで、心の底からホッとした。


「残念というより、嬉しいです。」


「?、照葉、何があったんだ。」


「意識を無くして歩いてるあんた、めっちゃ怖かったわ。」


「意識を無くして歩いてる僕?」


「昨日の朝、お前が俺の部屋のドアを開けたから、何か用かって言ったら驚いた顔して出て行きやがった。何があったんだと思って俺も部屋を出てみたら、お前は一人一人の部屋のドアを開けてまた驚いた顔をして家を出ていった。気でも狂ったんだなと思って着いていったら、何か遠くには行くし誰もいないのに誰かと話している様な素振りはするし同じ道を行ったり来たりするし。お前が急にゴンの名前を言った時は心底不思議だった。何故其処でゴンの名前を呼んでいるのか、そしたらまたお前が歩き出して、倒れたんだ。で俺が連れて帰った。さぁ説明しろ。このままじゃ俺恐くて今日寝られる気がせん。」


僕はそんな風に見られてたなんて。ちょっとだけ恥が込み上げて来る。僕は自分が見たこと、感じたことをそのまま話した。多少省略したけど、始めから終わりまできちんと話した。そして最後に、僕はゴンさんの事を話した。


「ゴンさん、"柳田悟"って名前、聞いたことありませんか?」


「柳田?…、」


「分からなかったら大丈夫です。僕の気の所為かもしれないので。」


「いや、聞いた事はある。何か思い出せそうな…忘れてる様な…、」


コンさんは、此処まで来てると言わんばかりに胸の方で手を振り、それっきり動かなくなってしまった。


「まぁ兎も角、照葉が正気に戻って良かったわ。私もう寝るさかい、後は宜しゅう。」


「もう寝るって、まだ朝ですよ。」


「知らん。昨日は寝とらんのじゃ。」


「あ、成る程。ではお休みなさい。」


「ほいお休み。」


ソンさんが自分の部屋へ入っていく間も、ゴンさんは一切動か無い。きっと頭の中は世話しなく動いているんだけど、その代わり身体は寝ているかの様にじっとしていた。いや、寝ている方が動いているかもしれない。兎に角彼は、思い出せそうな僅かな記憶を、辿ってくれている様だった。すると急に大声を放つ。


「あ!思い出した。それ俺の名前だ!!え、何で照葉が知ってんだ?ってか俺、何で忘れてたんだろ。」


その後彼の口から出てくる言葉は、本人がパニックを起こしている所為で何も聞き取れ無かった。


「ゴン?落ち着け、落ち着けって。」


「えっでも可笑しいぞ。だって俺、自分の名前すら覚えていないなんて、」


「分かったから。それはよく分かったから。」


ケンさんが彼の頭を叩いて、ようやく彼は気持ちが整理されたらしい。ゴンさんは極僅かに時間を止めた後、口を開いた。


「俺、向こうにいた時は軍に入ってたんだ。咲哉と違って頭が悪かったから。咲哉って言うのは双子の兄で、要するにあの白髪野郎だよ。向こうでは黒髪だった筈だけど。あいつは頭が良かったから、俺とは違って医療関係についてた気がする。で、詳しくはまだ思い出せないんだけど、俺が乗る筈だった戦闘機が何故か無くて、代わりに整備中の戦闘機に乗れって言われたんだ。それで運転してる最中にどっかのネジが外れた音がして、落っこちた。俺が今思い出せるのはそんだけだ。」


ゴンさんの戦闘機を盗んだ人物は何となく分かる。というかもうあの人しかいない。互いが互いに此処へ来るきっかけを作っていたんだと思うと、可笑しくて少し笑ってしまった。


「何、俺が阿保らしいか?」


「違うんです。そういやコンさんも誰かさんから盗んだ戦闘機から落っこちてたなと思って。」


「え、あいつが!?まさか…やりやがったな。」


「顔が似てるから悪いんだよ。」


やっとゴンさんも気付いたみたいで、頭をかいた。周りの皆も、流石双子だ、と笑っている。僕はやっぱり、この空間が何よりも好きだ。この時の僕の頭の中に、兄への心配なんて有るようで無いのと同じ感覚だった。


 僕は夜に早く寝て、朝に遅く起きる。でも今日だけは、夜に遅く寝て、朝に更に遅く起きた。何をしていたかというと、庭の外れで力を扱う練習をしていたんだ。また勝手に何処かへ行ってしまわないように、隣にはゴンさんとカンさんが。カンさんに関しては途方も無く眠そうだったから無理矢理にでも部屋に帰ってもらおうとしたら、それ以上の圧で此方が押し返されてしまった。


「あの時、どうやってたっけ?」


感覚を呼び起こそうと何度も挑戦するも、中々前の様には無らなかった。


「そういえばゴンさん、如何して記憶が戻ったんですか?」


カンさんが眠気混じりにゴンさんに問いかけた。


「さぁな。でも、照葉が名前を呼んでくれたからだと思う。じゃなきゃ俺一生思い出せて無かった。兄貴の事も、自分の事も。まさか兄貴が俺の戦闘機を盗んでたとは思い付かなかったけど、それを知れたのも照葉のおかげだ。感謝しないとな。」


「ふーん。…僕も思い出せると良いんですけど。」


「思い出したいのか?」


「そりゃそうでしょう。僕、見た目は若いじゃ無いですか。貴方達三人の共通点と言えば、何らかの事故で気絶して此処に来ている事だと思うんです。そしてその時の姿のまま来るんでしょう?気になるじゃ無いですか。僕は誰だったのか。」


「それ、僕も考えてました。」


「僕の身体の事?」


「いや違くて、僕らの共通点の事です。僕が思うに、脳死もしくは植物人間になった人達が、八卦として選ばれ、此処に来ているんです。」


「確かにそうですね…でもコンさんや照葉君だけが記憶があったという点はどう説明します?」


「それは…。」


「全てを知らないで決め付けるのは良くありません。僕は結論を急いでる訳じゃ無いんです。照葉君の考えを否定している訳でもありません。基本的には正しいとは思っています。けれど僕はその決め付け痛い目にあったことがあります。」


「痛い目?」


「はい。過去に、先輩の事で。」


それ以上カンさんは話してはくれなかった。


 また僕が練習を再開すると、急に雨が降ってくる。此処に来てからの雨は何度も経験したことがあるけれど、こんなに温かな雨なんてあっただろうか。生憎、この世界に傘はない。カンさんがいるから必要ないのだ。だけどそのカンさんも、今日ばかりは雨に打たれていた。家の窓からケンさんの呼ぶ声が聞こえる。だけど、今日ばかりは、もう少し雨に打たれていても良い気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る