神の居場所

第三十話 僅かな幸せ

 コンさんが消えた次の日の朝。僕らは急遽会議を開いた。皆が皆疑問符ばかりを浮かべて集まる会議は、何とも落ち着きのない雰囲気が漂う。早く説明しろと言わんばかりの視線に、僕らは応えなければならなかった。


「まず、俺らが今いるのは過去の世界だ。明らかに時間が巻き戻っている。これはきっとコンの力の所為だ。」


「コンは時間を巻き戻せるのかい?」


「あぁ。俺たちも良く考えたんだが、それしか考えられん。」


「そんな事だったらコンを連れてくれば良いじゃ無いか。」


「あいつは…もういない。」


「…?」


「つまりあいつはもう死んだんや、でこいつがコンの引き継ぎや。」


「何やそれ、お前さんは誰の引き継ぎでも無いと、」


「黙れ。」


ケンさんがソンさんの言葉を割って入る。その声は思ったより低く、静かで、室内に響き渡った。


「早く状況を理解したいんだろう?なら私語は慎め。」


ソンさんがゆっくりと頷く。頷くと言うよりは、下を向いたという表現の方が正しかったのかもしれないが、ケンさんは何も言う事無く続けた。


「お前らは知らないかもしれないが、俺とリーとカンがいた頃は“坤"なんて奴はいなかったんだ。いなかったというよりは、何て言うんだろうな?」


「行方不明。」


「それだ。」


リーさんの素早いサポートにケンさんが感謝すると、リーさんは何処と無く嬉しそうな顔をした。


「で、俺の引き継ぎとして現れたあいつが、死のうとしていた俺を助けて、何やら神との交渉だのなんだので俺の変わりに不在の"坤"を引き継いだんだ。」


「え、待って!兄貴と消えた引き継ぎってまさか同一人物だったのか!?」


消えた引き継ぎ、そう呼ばれてたんだ。ケンさんはゴンさんの私語は指摘しなかった。何故なら他の三人も同じ反応をしていたからだ。ってことは僕らが旅を始めた時、コンさんが皆に会いに行くことを躊躇する必要は無かったんじゃないか。だったら無理矢理でも連れてこれば良かった。そしたら、コンさんが一人消えてしまう事も無かったかもしれないのに。


「でも問題は其処じゃない。問題は、照葉が此処に来た時点で、コンがこの事を予期していた可能性がある。じゃあ何故あいつは言わなかったのか…、これは俺の予想でしかないが、時間を戻すことにおいて自分が存在しきれる自信が無かったんじゃないかな。コンが時間を戻したって事は、さっきの神の目覚めで良くないことが起こっていた筈なんだ。でそれをコンは何とかしようと、時間を戻す事を決意した。だが、俺が知る限りあまり使ったことの無い力を使おうとすると、身体が持たず死んでしまうかもしれない。だから俺達も、たまに力を使うようにしていただろ?其処で覚悟した死の表れに、照葉がやって来た。皆に話した所で計画を止められても不味いし、黙っておく事にした。どうだ?辻褄が合うんじゃないか?」


皆は随分と深刻な顔をしてケンさんの話を聞いていた。ケンさんも、焦っているのかも知れない。コンさんとケンさんの仲は、少し親子関係に近い所があった。ケンさんは何時も、誰かを気に掛けている様な素振りを見せる。あれはコンさんだったんだと気付くのに、意外と時間を要さなかった。だからコンさんに勝手な行動をして欲しく無いし、ましてや今回みたいに勝手に消えてしまうなんて事はあって欲しく無いんだ。だからこんなにも必死なんだと、僕は感じた。そりゃ僕だって心配はしてるし、まだ希望を捨てた訳じゃない。必ず何処かにいるだろうという思いで、この焦りをはぐらかしているだけに過ぎないけど、それでも未だ実感が湧かず、脳が謎の浮遊感を訴え掛け、働こうとしないのである。皆も深刻そうな顔の裏で何を感じているのかは知らないが、この長い沈黙が、全てを物語っていた。


 こんな状況でも、唯一平常心を保っているのはダーさんであった。彼女は何時もの様に帽子を深く被り、椅子を横に腰掛け、足を肘掛けに乗せて揺すっている。まるで何も聞こえていないんじゃ無いかと思う位じっとしていた彼女が、僕の視線に気付いたのか急に顔をあげ身体を起こしたのだから、僕はびっくりせずにはいられ無かった。


「私、見た。」


突如放たれたその言葉は、小さな声でもちゃんと皆に伝わった。


「何をだ?」


「…言って良い?」


とダーさんが僕に視線を送る。何故僕なんだと思いながらも頷くと、ダーさんは続けた。


「最近、照葉、達が旅に出かけた。コン君も玄関まで出てきて見送ってた、でも急にコン君泣き出した。」


「泣き出した?」


「そう。私、話聞いたんだけど、皆には言わないでねって。コンの引き継ぎは照葉、だから照葉に聞くけど、言って良い?」


もう一度繰り返されたその問いに、僕はもう一度、今度は大きく頷く。


「言ってください、ダーさん。貴女が教えてくれないと、僕はコンさんの事何も知らないまま引き継ぐ事になる。それは嫌です。」


その思いはしっかり伝わったらしく、ダーさんは姿勢を正して椅子に座り直す。


「分かった。」




 それは照葉等が旅に出たすぐ後の事。あの時は「行ってらっしゃい」との声だけで素っ気ない見送りをしている様だったが、実はしっかり居間の影から皆を見送っていた。


 ダーはその日の早朝に照葉に礼を言いに来ており、あまりの緊張の所為で、お礼の品(綺麗な花)を渡すことを忘れてしまったが為に戻ってきたのである。するとさっきまで騒がしかった筈の家には照葉はおらず、代わりにコンが珍しい様子で柱にもたれ掛かっている。本人も随分錯乱していたのだろう、近くにダーがいると分かると、此方に手招きして話を聞いてくれと言うのだ。そんな珍しい姿ばかり見せる彼の頼みを断れる訳が無く、隣でお茶をたてながら話を聞いたのであった。


「僕、そろそろ死ぬんだヨ。そろそろネ…。君はもうすぐ神様が目覚めそうだって事知ってル?それはね、本当に凄いことが起きる気がするんだヨ。到底僕じゃ対処できなイ。最近力が弱ってきているのが嫌でも分かるし、体力も落ちてきてル。あんな契約なんかするんじゃなかったヨ。」


「契約?」


「そウ。ケンさんを生き返らせる、不死身の身体を与える代わりに、お前の寿命は皆より随分と早くなル、しかも、お前はコンの力を存分に使う事は出来イ、体力は人間のままだからナ、だってサ。目安としては私が次に目覚めた時、それがお前の限界だろウって笑われたんダ。まぁそれでもオッケーしたのは僕だけド、後から考えてみれば流石にあれは酷い条件だよネ。あれでお前は気に入った!何て言われても、全然気に入られて無いじゃン!?可笑しくなイ!?てか可笑しいヨ!!」


何時もクール…ではないけど何事にも動じないトップ2の面を持ちながらも、その時ばかりは子供の様に泣きじゃくっていた。ダーも始めのうちはコンは正気ではないだろうとあまり気を寄せることは無かったのだが、一応にと翌日もう一度コンの家を訪れた時にコンが家にいない事を知り焦り始めたのだという。そしてその後は特にコンとは何も無く、今に至るのだ。




「…コン君、きっと照葉、の事羨ましがってたんだと思う。だって、何の隔たりも無く皆といれるから。コン君は変な罪悪感を、ずっと引きずってる。私には分からない、罪悪感を、ずっとね。」


ダーさんが其処まで言い終わると、再び僕に視線を送ってくる。


「…教えてくれてありがとう。」


と言うと、ダーさんは凄いスムーズな動きでまたさっきまでの体勢に戻った。その無駄の無い動きに、思わず真似したくなる。


 そんなことより、コンさんだ。コンさんが消えてしまった今、僕は明日からどうしていけば良いんだろうか。力も上手く使える自信はないし、体力だってコンさんより無いかもしれない。皆がチラチラと此方を見ているのは分かっているんだけど、この状況を僕にどうしろって言うのさ。何かしら言わないと、と脳内をフル回転させてまで絞り出した答えは、


「皆さん一緒に住みませんか。もう寂しいのは嫌です。」


といった虚しい一声だった。

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