第二十八話 救わずの天使

「お前、俺の引き継ぎなんだよな?」


「引き継ぎ?分かんないけど、何か飛べるね。」


「…どうやって此処に来たんだ?」


「どうやっても何も…戦闘機から落ちたんだよ。」


「戦闘機?」


「お兄さん知らないの?人を殺す為だけに作られた、飛行機みたいなやつだよ。」


「何で人間同士で殺し合うんだ、そんなに仲が悪いのか?」


「さぁね。でも戦いで勝てば資源が入る、金が回る、生活がマシになる。今は米を食べるだけで忙しいよ。早く戻んないと、皆が待ってる。」


「戻って、人を殺すのか?」


「…いいや、残念だけど僕は救護担当でね。人を守る仕事をしてるんだよ。」


「守れてない。」


「え?」


「殺して資源とかを相手から奪うんだろ?守れて無いじゃないか。」


「っ五月蝿いなぁ、味方しか守れないんだよ、仕方無いでしょ!僕だって嫌だよ。助けたいのに助けられない、人殺しなんて僕は嫌いだ!でも僕の仕事は人殺しを助ける事なんだよ。僕の治療を受けたら、また奴は人を殺して帰ってくる。こんなのなら死んだ方がマシだと思って、わざわざ戦闘機を盗んでまで死のうとしたのに!!あぁ!腹立つ。神なんてうんざりだよ!ねぇ、どうしてくれんのさ!何で死んでないの?もしかして此処って天国?そうだったら嬉しいんだけど。ねぇ、何か答えてよ!」


「もし此処で俺が敵だとしたら、お前は俺を殺すのか?」


「…きっとね。僕じゃなくても、誰かが君を殺すんだろうね。」


「誰かがじゃなくて、お前はどうなんだ?」


「僕は…殺しはしないよ。」


「…そうか、それは残念だ。」


「…?」


「じゃあな。お前は向こうに戻ることは無い。」


「待ってよ、同じ国にいて一生誰かに見つからないなんて事無いでしょ?絶対誰かが僕を見つけて、連れ戻しに来るよ。」


「お前は何か誤解している。此方の世界に、人間はいない。お前がさっきまでいたところとは次元が違うんだ。だから見つかるなんてあり得ないし、お前は一生戦闘機なんぞに乗る必要はない。俺はもう行かなきゃならん。だから最後に言っておくが…多分もうすぐ俺の仲間が来るだろう。その時は、皆と同じ反応をしろ。」




「それだけ言ってどっか行っちゃったんだよネ。ケンさんが皆と同じ反応をしろって言ってたのは、普通なら皆記憶を無くしているから、記憶があると厄介だと思われたんじゃないかナ。あの時は何か皆危機感持ってたし、変に騒ぎを増やしたら迷惑デショ?」


「じゃあ残念だって言ったのは何ででしょうか…?」


「その後の事だヨ。僕はリーさんにお願いされてケンさん達の元へ向かっタ。そしたら、其処にいた人達皆が倒れてたんダ。他の皆はもう脈が無かったんだけど、ケンさんだけなぜか脈があっタ。それを見込んで、僕はケンさんを抱えて、空を、がむしゃらに飛んでみたんダ。」


僕らの上に広がる淡い水色を侵食するかのように、遠くの方からオレンジ色が迫ってくる。話が途切れてから少しの間声が聞こえなくなった左側をふと見ると、彼もまた空を眺めていた。時は止まったように、静かな早朝。時の流れを感じさせてくれるのは、当分空だけだった。


「…本当はあの時ケンさんに対して怒りしかなかったんだヨ。」


「どうしてですか?」


「だってそうじゃなイ。ケンさんは僕が人を救う振りして殺しているんだと指摘したばかりに、自分で死のうとするんだヨ?何の関係もなくても、僕の矛盾を目の前で見せつけられてるみたいじゃないカ。 人間同士の殺し合いも否定する癖に、集団自害なんてしやがっテ。…残念って言ってたのは、多分あの時救ってほしく無かったからなんだヨ。だから僕は救ってやっタ。神様の所へ行って、自分の命を捧げてやったんだヨ。まぁ結局その行動を賞賛されてこうして違う役目を持って生きてはいるけどネ。」


リーさんが言ってたあの空白の時間に、コンさんとケンさんは神様に会っていたんだ。取引の感じからして神様との交渉感が凄い。神様に会った事についてもと聞いて見たいけど、それはまた今度にしよう。こんな綺麗な空を前にしてまで話す事じゃ無いし。


「そうそう、ついでに言うとケンさんは不死身だから、これから君の用心棒は彼に任せると良いヨ。」


「不死身?そんなの幻のまた幻だと思っていましたよ。」


危ない。余りの衝撃と気の緩みで一瞬例のギャグをしてしまいそうになった。


「アハハ、そうだよネェ。あの人は殺害,自害以外なら死なないサ。つまり寿命に関しては無限。まさに夢のようだネェ。そんなに生きてて何になるんだカ。」


「凄いですね。コンさんもそうだったりします?」


「いや、僕は違うヨ。でもね、僕は君が来てから考えが変わったヨ。ケンさんが羨ましイ。本当は、こんなの何とでも無かったんだけド。」


遊び半分で聞いたつもりだったのに、帰ってきたのは辛辣な声。一気に静まり返ったのは、僕らを取り巻く空間だけでは無かった。


 何か変だ。さっきまで穏やかに流れていた雲が、突如として消えた。消えたと言うのは、本当に不思議なくらい、雲が一直線に切れ、其処を境に雲が一切見られないのだ。脳内に、少し思い出されたものがある。そうだ、あれは“地震雲”だ。


 コンさんが前に両腕を突き伸ばし、掌を地面に向けた。


「…?」


「僕、気付いたんダ。最初から気付いてはいたけど、この力、やばいヨ。」


とその時地面が激しく揺れ出す。同時に、山が浮き上がり、水が舞い、風が吹き。それぞれの地点で変化が起き始める。きっとコンさんの力の影響で、僕の周りにはバチバチと火花のような物が飛び交い、その激しさに目を開ける事さえ難しくなる。


「何してるんですか⁉︎」


答えは返ってこない。揺れに耐えきれずバランスを崩し、そのまま倒れてしまう。しかし倒れた先に地面はなく、不規則な反転を繰り返しながら、僕は崖を転げ落ちた。不思議と痛みは無く、三半規管が可笑しくなる不快感の方が強い。


 最後にガンッと音がしたと思えば、目の前には車のミラーの様なものが。きっとあのバスにぶつかったのだろう。視界が闇に呑まれ、少しずつ気が遠くなっていく。僕はそのまま意識を失い、全身から力が抜けていった。

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