第二十七話 静かな悲哀
走っても走ってもコンさんは見つからない。声を出そうが音を出そうが一向に出てこない彼は、もうわざと出てこないとしか思えない。それはそれで危険な匂いがするし、気味が悪い。
「コンさんに何があったんでしょうか。」
「知らん。でもこの調子じゃ奴は出てこんだろうな。」
「どういう事ですか。」
リーさんの発言は如何にも確信している様な言い回しだ。何か知っているんだろうかと疑ってみたが、これまでにそんな核心的な証拠があっただろうか。
「いや、あいつはそう言う奴なんだ。何でも隠したがる。ケンとの関係も、自身の事も。」
リーさんがそれを言った瞬間、"寂しさ"という冷たい波が広がっていく様な感覚を覚えた。それは頼りにされないとは違う、もっと奥深くにある感情。隠すというのは、信頼関係が無い表れであるが、コンさんはそれが皆にある。つまり彼は誰も信頼していないのだ。その事実に、可哀想というよりも悲しいという感想を抱く。きっとリーさんも、同じことを感じている筈だ。
「ケンさんなら、分かるんでしょうかね…」
「…どうやろうな。」
とその時、後ろでガサゴソと物音がした。振り返ると、ケンさんが地面を歩きながら此方に向かってきている。
「いましたか?」
「いいや、見つからないよ。だがちょっと良いか、」
ケンさんが片手を此方に近付ける。何の理由も思い当たらないけど、何となく叩かれるのかなと思い後ろに身体を傾けてしまったが、その手は優しく、ゆっくりと僕の前髪を持ち上げるだけだった。しかしその行動をとった意味が分からない。僕の前髪が変だかどうであろうが、それが何なのだ?けれどリーさんは僕を見て驚いた顔をしている。ケンさんも、じっとめくられた僕のデコに視線を送りながら、何かを確信するかのように唯黙っていた。
「な、何かあるんですか…?」
「…いいや、気にするな。」
「えっでも、」
「なんでもない、兎に角今はあいつを探そう。」
その後にボソッと、「せめて身体だけでも」と聞こえた気がする。どういう意味なんだろうか。コンさんの命に危険が迫ってきているのだろうか。前の坤さんは行方不明と言っていたけど、もしやコンさんもこの世界から消えてしまっているのではないだろうか。さっきからの二人の意味深行動が、僕を混乱に陥れてくる。その間にも二人の走りは勢いを増していき、少しでも気を抜けば置いていかれそうだ。とうとう混乱の末に思考を放棄しようとしていた僕に、何か感じるものがあった。地面が動いている。それもある程度離れた場所での震動が、足に伝わってくるのだ。
「何だろう、この感覚。」
始めは自分の揺れの所為かと思っていた。しかしそうでは無い。置いていかれても良いと思い立ち止まってみたが、その震動はまだ続いていた。それも動く程薄れていき、また戻ると強くなる。特定の場所から伝わってきているんだ。
「行ってみよう。」
僕は二人とは反対方向に足を進める。そして強弱が変わっていく震動を頼りに震源地を求めていった。
野を駆け山を駆け、辿り着いたのは、あのバスの元である。随分久し振りのその場所は、周りの木々や草花が育っている所為で、あの時とはまるで別の場所の様だ。その景色を眺めているうちに、いつの間にか震動が無くなっている。
思うがままに、懐かしさに浸りながらバスの中に乗り込んでみる。其処はさっきまでの心の焦りを全て掻き消してくれるような、暖かな空気が漂い、自分が危機的状況にいることを忘れてしまうくらい、僕の身体はは僕が思うよりリラックスしていた。
すると、バスの運転手近く、僕が過去に座っていたであろう場所に、人影を見つける。それはなんとコンさんだった。
「コンさん!?」
「やぁ、久し振りだネ。」
今までの心配が、涙となって溢れてきそうだ。というか怒りに変わりそう。こんな所にいるなんて、誰も想像してはいないだろう。
「なんでいるんですか。」
「君だけに、来てほしかったカラ。」
そう言ってコンさんは笑う。その笑顔が、なんだか憎めなくて、さっきまでの苛立ちも全て消えてしまった。
「君はこうして此処に来たんだネ。此処の座席、何か変じゃなイ?」
「何でですか?」
「だって、此処にいたら、君の事誰も見えないじゃなイ。」
本当だ。僕が後ろを向こうと身体を浮かさない限り、僕の事は誰にも見えない。運転手さえも前の壁で見えないし、一人席の横に席は続いていない。先生の列も一つ後ろだ。僕が、皆の事を見えないという考えはあったが、まさか皆からの視点で言われるとは思わなかった。
「確かにそうですね。」
「…そろそろかナ、行こうカ。」
「え、何処に行くんですか?」
僕の質問は静かにバスの中に響き、答えは帰ってこなかった。コンさんは無言で道や坂を歩いていき、僕も黙って着いていく。見晴らしの良いその坂を登っていくと、公道に出た。人間の手によってコンクリートで整備された公道は、バスが転落した時のタイヤ痕が未だに残っている。
「見てみナ。」
コンさんが指差す所は、淡い紺色をした、明け方の空だ。
「僕が初めて此処に来た時も、こんな色をしていたヨ。」
「コンさんが、初めて此処に来た時、ですか。」
僕が初めて此処に来た時はどんな色だっただろう。あの時は色々頭の整理が付かずじまいで覚えてないや。
「リーから何処まで聞いたかは知らないけド、僕、人間だった頃の記憶があるんだよネ。」
「そうなんですか?」
「うん、知らなかったカ。此処の人達は皆、此方の世界に来た時点で記憶を無くス。でも僕は、何故か記憶があったんだヨ。君と同じでネ。…後から分かったことなんだけド、僕は本当は、ケンさんの引き継ぎだったんダ。今でも覚えているヨ、自分で思うように空を飛べた事。あれは気持ち良かったナァ。」
「空を飛んだんですね、良いなぁ。絶対気持ち良いですよ。」
「そうそウ。でもね、僕以外にもう一人、空を飛んでる人がいたんダ。それが今のケンさんで、一度目に来た時は僕らを見ただけでどっか行っちゃっタ。あ、僕の他に四人いたんだけどネ、その事はまぁ置いといテ…で二度目に来た時、ケンさんは僕に話し掛けて来たんだヨ。」
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