第二十六話 唯一の武器
「それでも君は、俺に行けと言うのか?」
ケンさんの目は僕を一点に見つめ突き刺してくる。さっきまで空に向けていたあの心配を裏返した様なキレのある目付きでは無く、しっかりと僕を軽蔑する目。
「僕は、行ってほしいんです。決してソンさんに迷惑は掛けません。ケンさんは、助けて貰ったんでしょう?コなら助けてあげに行かなと。」
「誰からだ。」
「え?」
「誰から聞いた。」
「、リーさんからです。」
「…そうか。」
リーさんには勿論、ケンさんにも怒られる覚悟で口にした。それにしてもケンさんの反応が薄く、思慮深い顔をするだけである。あまり怒ってもいなさそう。
「君がそれを知った上で言ってくれているとは思わなかった。あまり過去の事を掘り起こされるのは好きじゃないんだ。あいつが何処まで話したのかは知らんが、まぁ今回は見逃してやるか。」
そう言って玄関に出る。最後に、本当に行って良いんだな、と言われ僕が頷くと、それを合図にケンさんは空へと浮き上がった。
後ろでガシャッと物音がし、驚いて振り替えると、どうやらソンさんがヤカンを落としてしまったようで。
「あっごめんなぁ。」
「大丈夫です。こちらこそ人の家で騒がしくしてすいません。」
「…なんや?えらいしんみりとしてはったけど。」
「ちょっと、色々あったんです。」
「さよか…まぁゆっくりせぇや。ケンもどっか行ってもうたし、いざとなった時逃げなあかんさかいになぁ。」
「いえ、僕は出ます。」
「えっそれは敵んわ。お前さんを死なせでもしたら私の身も危ない。ハイリスクは好きじゃなくってね。互いの為にも此処におりんさい。」
「いえ、僕は出ます。嫌なんです。皆危機を逃れようと頑張っているのに僕だけ仲間はずれかのように唯待っているだけ。僕にだって出来る事がある筈です。」
「皆誰しも初めはそう思う、私もそうやったわ。でもお前さんと私の違いは八卦である事、そうで無い事や。それは如何にも出来ん事実、受け入れなあかんのとちゃう?」
「でも僕は、」
「良い加減にせい!何でも思い通りに行くおもたら大間違いや。たかが人間に何が出来る?」
急な大声に思わず反応してしまう。強くあろうとしても、身体は正直だった。
「悪い事は言わんさかい、黙っとり。それが出来んのなら、いっそ出ておしまい?まぁ私の力に勝てたらの話やけど?」
振り返ると、玄関の外は砂嵐。それも唯の砂嵐ではなく、ソンさんが風越しに砂を操っているもんだから、触れるだけで皮膚が裂けそうである。無理矢理突っ込んでも、きっと砂に溺れて死ぬだろう。此処を出ろなんて無理難解だ。しかしこれを試練と言うなら…。
僕は出来る限り情報を集めた。幸い、砂嵐の量は家一軒を纏う層のようになっている。此処は平屋で、窓が二つ。一つは小さく、一つは更に小さい。部屋には机が一つと座布団が幾つか。砂嵐は円上に、建物に沿って流れている。
僕は足に力をいれた。そして思い切って向こうに開いたドアのドアノブに手を回し、引き寄せる。ドアは少し此方側に傾けただけで直ぐ風の影響で閉まった。伸ばした僕の腕は、案の定傷だらけである。
「あら、出口まで失ってもうたわな?」
だがこの変化は僕にとっては幸い物だ。ドアは壊れずにいるし、風が左方向へ進むという事も分かった。となればやることは一つ。
僕はドアを強く押し、少しの隙間が開いたのを確認すると、一旦自分の上衣をもう片方の手で脱ぎ挟んだ。
「な、何をするんかいな。」
ドアが風で割れぬよう全体的に押さえながら、暫く隙間から様子を伺う。そして徐々に隙間を開け、まだドアは不安定ではあるけれども、傷だらけ覚悟で片手を離し外側の上に伸ばすとそこで掴んだ木の看板を下に下げドアの隙間に挟む。強風が吹く中無理にドアを垂直に開けようなんて事をすれば、たちまちドアは砕け散るだろうが、角度を緩め中途半端に開ければ、風を誘導することが出来る。つまり風はドアの傾斜に誘導され、軌道が円からそれたのだ。後は服を回収し隙間から出るだけ。誘導した風にぶつからない限りは、さっきまでの強風を受けることはない。ソンさんの同情もあってか、それ以上風が吹いて来る事は無かった。
「私は責任はとらんさかいな。」
「…ソンさん、指示をする様で悪いですが、風が吹き出しても真っ向から抵抗はしないで下さい。互いに正面から風をぶつけた所で、反射した風が両方に流れるだけです。その時は、上に風を送ってください。」
僕はそれだけを言い残し、会釈をした。玄関を出ると、風は止み、代わりに砂埃がたちこまる。コンさんを探すのは僕の役割じゃない。考えきった僕の役割、その結論は、防災だ。皆の力の使い方次第で、被害の収まり様が変わる。彼等に足りないのは、人間であった頃の知識。つまり自然から守る事しか出来なかった頃の、防災知識だ。
「カンさん‼︎」
矢張り彼等はコンさんの家にいた様だ。内心コンさんがいればなと家を見渡すも、何処にもいなかった。玄関前にカンさんが立っている。どうやら互いに鉢合わせしない様に、順番に探しにいっているらしい、
「来ちゃ駄目じゃ無いですか。」
弁明している暇はない、要件だけを伝える様専念する。
「コンさんの事はケンさんに任せて、カンさんは出来るだけ川の上流の水を降ろしておいて下さい。」
「え、でもまだ始まってはいませんよ?」
「事前に守っておくんです。お願いします。」
「…分かりました、行ってきます。照葉君はこの後如何するんですか?」
「僕はゴンさんの元へ。」
「なら此処で待っておくと良いでしょう。すぐ戻ってくるでしょうから。では御無事で。」
するとカンさんは手前にあった木を思いっきり手で押し倒すと、直ぐに川の上流の方へ走って行った。きっと何かの合図を送ってくれたのだろう。気付けば僕が立っている地面もビショビショで、他に幾つも合図を送っていたのが分かる。
「兄貴、帰ってきたか?」
カンさんの言う通りゴンさんは息を切らしながらやって来た。
「すいません、僕です。」
「え?なんでお前が此処にいるんだ、危ないだろ。」
「それが色々ありまして、コンさんならケンさんに任せて下さい。それと、ゴンさんは地面を少し浮かす事って出来ますか?」
「まぁ出来るが、範囲が広いぞ?」
「それで良いんです。揺れが来たら、出来る限り広い範囲の地面を浮かせておいて欲しいんです。」
「おい、そしたら被害がでかくなるんやないんか?」
後ろからリーさんも帰ってきていた。
「過去に“直下型地震”というものが起こったらしいけど、それは一度地面が下から押されて地盤が緩んだ所為で被害が倍増したって書いとった筈や。」
「それは、地面が一度浮いて、地盤が緩んだ状態で着地し更に震動が加わったから被害が大きくなったんです。始めから終わりまで浮かしておけば、何の被害も無くなります。」
「あぁ、ほんまや。」
「成る程な、じゃあやってみるわ。揺れが来たらで良いんだよな?」
「はい、お願いします!」
「うちは何をすればええんや?」
リーさんは…どうしよう、火に関する予防ならカンさんの方が良い、わざわざ火を起こすわけにもいかないし。でも何も言わなければ役立たずと言っているようなもんだ。それは不味い。
「僕と一緒にコンさんを探して下さい。」
そう言うしかなかった。でも、彼女の力は目印を着けるのに最適である。更にどんどん日が暮れる中、明かりがなければ話にならない。僕はそこに目を付けた。
「分かった。じゃあ行こう。」
リーさんは僕の指示に対して何も言う事はなかったが、本人にとってどう感じているかは分からない。表情を伺おうとしても、彼女はもう前で走り出している。
仕方なく、考えるのをやめて僕も走り出した。神様の目覚め、それを実際体験するなんて。リーさんの話を思い出しながら、出来るだけ早く足をまいていく。口の中には鉄の味が広がるなか、空は綺麗なグラデーションを描いていた。
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