第二十五話 正論の鉄壁
翌朝、僕は枕投げの途中で、一人寝てしまった事を知る。というのも僕が最後に記憶がある光景と、明らかに違う位置で皆が倒れるように寝ている。きっとエネルギー切れを起こすまで争っていたのであろうこの戦場は、綺麗に敷いた筈の何枚もの布団を見事にひっくり返していた。彼等の姿が若くて本当に良かったと思う。年相応の姿でこの状況をされるとだいぶ怖い。
「朝ですよ、ゴンさん。」
「ぁ?もう朝か…。起きるぞ-カン、」
「…。」
「おい。」
「…。」
「駄目だこいつ。」
ゴンさんが何度か叩くも、カンさんは爆睡中で、起きる気配が無い。リーさんも何度か揺すってみたけど、起きる気配は無かった。
「僕、ちょっと試してみたいことがあるんですけど良いですか?」
「良いぞ。何をするんだ?」
僕は大きく息を吸い込んだ。
「あ!ケンさん!!」
「え、何処?」
リーさんが僕の大声に反応して起き上がる。駄目元で試してみたけど、まさかの成功に僕自信も驚いた。
「すげぇ、それで起きるんだ。」
「…?」
「すいません、起こす為の嘘です。」
「…お前なぁ。」
寝起きだからかな?意外と怒っていなさそう。拳骨をくらう位の覚悟はしてたんだけどな。後ろを向くと、いつの間にかカンさんやソンさんも起きていた。あれ、まさか。
「カンさん、起きたんですか?」
「え、あぁ、起きました。」
僕の疑いにゴンさんが気付いて二人してカンさんを見つめる。
「違いますよ!?決してケンさんに反応したとかそういうのでは無くて、」
「またまたー。」
「なっ、僕はリーさんとは違います!」
「誰がお前と一緒なんやて?」
リーさんは寝ぼけたまま、生返事を返している。
「因みにソンさんも起きています。」
「私は照葉の大声で起きたんや、お前さんと一緒にせんでぇな?」
「えっ。」
カンさんの身代わり作戦も虚しく、ケンさんのファンクラブに新たな名前が追加された。
さて、旅行二日目。朝御飯は、コティロリザツベルクラータ…じゃなくて、生野菜と魚。此処に来てから、肉とか卵とか滅多な食事をしていない気もするけど、栄養バランスは崩れていないらしく、僕も此方側に慣れてきてしまったのかもしれない。そういえば尿意も便意も無いし。少し人間離れ仕掛けているこの身体の恐ろしさを共感できる人はいるのかな。ケンさんなら分かってくれるかも。
「次何処に行く?」
「行くとしたらダーさんの家とシンさんの家ですね。」
今更だけど、シンさんというのは僕が会議の場面で仕切り役といっていた人だということに気が付く。消去法で言えばもっと早くに気が付いていたんだろうけど、生憎記憶系に弱く、ずっと仕切り役呼ばわりしてしまっていた。
「意外と少ないな。」
「まず八人の内四人が同居しているので仕方ないですよ。」
ふとあることに気付く。
「あれ、ケンさんの家は無いんですか?」
その言葉に、矢張リーさんも食い付いたようで、彼女の行動が一時停止したのが分かる。
「あぁ、あの人は家を持たないんです。ほら、何時も空をふらふらしているでしょう?」
リーさんが「なんだ。つまんないの。」と後ろで呟くのが聞こえた。空を飛べる事がイコール家が要らないと言うのは、分かるようで分からないけど、ケンさんが家を持っていないという事は何となく想像が付いた。本当に何となくでしかないけど、まぁ違和感は無い。
「じゃあ、ダーの方が近いのかな?」
「そうなん?あんたダーの家知ってたんや。」
「いや、知らないけど。」
「え、なんじゃそれ。」
「でもあれですよね、シンさんの家なら知ってますよね?」
「いや、知らないけど。」
「え、本当に勘だけで言ったんですか?」
「いいや。なんか昔兄貴が言ってたんだよ。シンの家って凄く遠いねって。で、教えてよって言ったら分からないって返された。兄貴は地面の震動が分かるから、それで読み取ったらしいんだけど、なんか怖いよな、兄貴の力。」
「実際のところ、彼の力って何なんでしょうね。」
とカンさんがそう言った時だった。まだソンさんの家に停留し休息をとっていた我々だが、その家の主によって旅さえも終わりそうである。突然勢い良くドアが開いたと思ったら、ソンさんがじっと此方を見つめる。
「お前さんら、もたもたしてられへんで。どうやら事態が急変したらしゅうてなぁ?ケンさんや。」
「ケンさん!?」
するとソンさんの後ろからケンさんが顔を出す。
「お楽しみの所申し訳ないが、百年に一度の神の目覚めが近頃あるだろうと思い、俺はかなり前から見張っていたんだ。予想では後数週間はあると思っていたんだが、どうやら一週間以内に起こる可能性が高い。」
「本当なんですか?」
「あぁ、海の様子がおかしいんだ。さっきから、見慣れない魚が目玉飛び出させて浮いてきている。これは目覚めの前兆なんだ。」
僕にはどうすれば良いのか分からないけど、リーさんの話を思い出す限りこれは最悪の事態だ。
「なんでもっと早くに言ってくれなかったんだ、家には兄貴一人だ。」
「…?此処にはいないのか?」
「コン君は皆との旅を断ったんです。」
「一応、お前らの家には行ったがコンはいなかったぞ?」
「え、そんな筈ありませんよ、」
コンさんは家にいる筈。いないとしたら、出掛けているとか?
「僕、何か出来る事は、」
「駄目だ。照葉は此処にいろ。俺は一回家に帰る。ケンさんはこいつらを見ていてください。」
「僕も着いていきます。ゴン君だけというのも危険でしょう。」
「分かった、ありがとう。じゃ、頼んだぞ。」
「待て、うちも行ったる。」
ソンさんと入れ違いに勢い良く走っていく三人は、いかにも格好の良い英雄の様に見えた。それに対し自分は、何も出来ない。力も無いし、頭脳も並々。こういう時に頼りにされないのは、心が痛い。それは、時たまクラスメイトから向けられる目を思い出させた。彼等は僕が病弱な事を気にかけ、何も仕事を寄越さない。どうせ通院で仕事が出来ないだろうからと、僕を突き放す。それは、僕にとって何よりの屈辱なんだ。だって、正論だから。リーさんの言う通り"正論"だから、なんだ。
「すまんな、折角の旅行なのに。」
ケンさんが僕に気を使ってくれたのか、何も出来ずに立ちすくんでいる僕の肩に手を置く。
「大丈夫です。でも、コンさんが…」
「コンが、どうした?」
「大丈夫なんですかね。」
「…さあな。」
嘘だ。ケンさんの仕草を見る限り、今誰よりもコンさんを心配しているのは彼だと思う。ずっと遠くを眺めて、少し機嫌を損ねて、何かを見定めるかの様にじっと動かない。
「コンさんを探さなくて良いんですか。」
「俺が?今三人が探しに行ってるだろう。」
「でもケンさんの方が、人探しには向いています。」
「確かにそうだが、今は君を守る方が優先だ。」
「なら僕は大丈夫です。だから行って下さい。」
「君は何が言いたいんだ?俺が行ってしまえば、君の助けはソンだけだ。それだと君の命を守るのにハイリスクすぎるし、そもそもソンの負担が多くなる。それに比べてコンは、あいつは自分の力がある。それでも君は、俺に行けと言うのか?」
正論だ。それは、僕の嫌いな、正論だった。
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