第二十四話 孤独の苦痛
「ほなもう行こか。」
ソンさんがそう収集をかけてから何分経っただろう、まだ皆はそれぞれの海を楽しんでいる。カンさんとゴンさんは波打ち際でチキンレースをしているし、リーさんは空をずっと見渡している。初めはた黄昏ているのかなと思ったが、どうやらケンさんを探している様だ。
「皆子供やなぁ、照葉君も大変やろ?」
「大変ですけど、楽しいですよ。向こうではこんなにゆったりとした時間は無かったんで。」
「そうなのかい?」
「はい。」
僕は家の事を大まかに話した。両親を事故で亡くしている事、兄がいる事、自分の病気しやすい体質の事、ついでに修学旅行の事。色んな話をすると、案外自分を客観視できてスッキリした。ちゃんと相手に伝わったかは分からないけど、なんとなく事情は察してくれたらしい。
「せやったんや、経験が豊富なんはええことやで」
「ソンさんは、昔の思い出話とかは無いんですか?」
「私?私は…覚えとらんのや。気ぃ付けばこの力で色んな事が出来るようになっとった。この力は便利なもんで、何でも出来てしまう。お前さんみたいにお腹も空かんし眠くもならん。唯一困ることがあるとするなら、孤独な事や。」
「孤独?」
「あぁそや。何せお前さんみたいに家族がおらん。八卦の皆と何かしようにも、中々難しくてなぁ。」
「何かあったんですか?」
「ちゃうちゃう、初めの頃は元気よく遊べても、飽きと言うもんがあるやろう?それがかなんのや。皆結局一人の事を始めていく。その内離ればなれになる。お前さんらみたいにやる事が一杯あるっちゅうもんも大変かもしれんけど、何もないっちゅうもんも大変なもんやで?」
確かに言われてみればそうだ。何百年と生きたところで、この世界には娯楽が少ない。インターネットもないし、玩具も無い。僕はまだ来てまだ間もないから遊び賀意というのはあるけど、後何十年もいればそんなもの消えてしまうだろう。将来の事を想像していくうちに趣味の大切さを学び、その重みに押し潰されそうになっていく。
「アッハハハハ、そんな考え込まんでもええがな、心配せんでぇ?時は自然と過ぎていくし、月に一回は皆とも会うしやな。あれやでぇ?何処其処の神は一年に一回しか会わんとな。ど暇ですぇ一年間。出会いは悪かれどお前さんは私の孤独を破ってくれた。本当、お前さんに感謝したいぐらいやわ。」
「え、して下さいよ。」
「ンフフ、それはまたのお楽しみやなぁ?」
「…どういう意味ですか?」
「ささ、帰りましょ。」
いつの間にかゴンさんらが後ろに集まっていた。どうやらあっちはあっちで話が盛り上がっているらしく、内容を聞いてみたら、今までで見たことのあるクラゲの種類の中で何が一番凄かったかというマニアックな話題だった。話を止めるつもりで聞きに入ったものの意外と面白そうで、ソンさんの手により強制終了となった。結局覚えているのは"コティロリザツベルクラータ"という別名"目玉焼きクラゲ"というクラゲがいるらしい、という事だ。何故か印象的過ぎて覚えてしまったその名前を、僕は今日何度も繰り返すことになる。というのも、「今日の朝食は?」「コティロリザツベルクラータ」「いやそれクラゲやろがーい」というリーさんとの謎の掛け合いが生まれてしまったのである。幸いメンバーのノリの良さに助けて貰っているけど、この掛け合いが一生続くのなら、それはもうトラウマ案件だ。
「今日はうちんちに泊まってくんか?それとも晩御飯だけお呼ばれするんか?」
「泊まって行きたいけど、大丈夫なのか?」
「ええでええで、心配せんでぇ泊まって行き?」
「よっしゃー!」
テンションの高さに限りがないゴンさん。その後ろで、カンさんもにこやかに笑っていた。
「そういえば、コン君やゴン君以外の八卦の皆さんとお泊まり会なんてしたことがないですね。」
「そういやそうか。」
「ほんまやなぁ。」
そんな事を話ながら、自然の風に押されちゃんと歩いてソンさんの家に向かった。
ソンさんの家はレンガ造りのかなり頑丈な家で、話を聞けば元から此処に建ってあった人間の家なのだそう。きっと何かしらの作業員らが仮住居として使っていたであろうこの建物が、こんなにも有効活用されていたなんて。僕が向こう側にいた時では、テレビなんかで山奥の小屋などを見た時、使わないんなら壊せば良いのになんて思っていたが、あれはこの人達にとっては良い迷惑だったと思う。
後ろで、ゴンさんが声をあげた。見るとソンさんが用意したご馳走がずらりと並んでいる。主に生野菜、焼き魚といった素朴な料理だが、しっかりデザートの果物も付いている。
「私なりに頑張ってみてんけど、どないやろか?」
「めっちゃ美味しいで姉御!」
「ええ、美味しいです!」
リーさんカンさん大絶賛。勿論僕もゴンさんも大絶賛の晩御飯。ゴンさんなんかは食べるのに夢中で感想を言うのを忘れてしまっている。たまに聞こえるうめぇという声は、水泳選手の息継ぎの様だ。
「全部食べてお仕舞い、私は別のものをお呼ばれするさかい。」
「ソンさん、お呼ばれってなんですか?」
「ん?あぁ、要するに食べるゆうことや。」
「そうなんですね。初めて知りました。」
きっとソンさんは昔は京都の人だったのかな。随分鈍っているというか、方言がしっかりしている。僕の家族も京都の人がいた筈だけど、此処まで鈍ってはいなかった。面白いなぁと思いながらご飯を食べ終え、元々建物にあったという敷布団を並べ始める。
「あ、あれやろうぜ。ほら、前に照葉が言ってたあれ。」
「あれ?」
「ほら、何だっけ?修学旅行の定番とかなんか言ってた、」
「枕投げですね。」
「そう枕投げ!やろう!」
全く疲れ知らずのゴンさんは、もう既に枕を構えている。最初にターゲットにされたのはカンさんで、それにやり返した枕が僕に当たる。そのまま三角形の陣営ができ、永遠と枕を投げ合っていた。あまり乗り気じゃなさそうだったソンさんも気付けばリーさんと投げ合っている。しかしそれは女の戦いであり、どちらも容赦が無い。それでもお互い楽しそうだから、やって良かったなと思い後悔はしなかった。やっぱり皆体力が違う。疲れた僕を置いてけぼりに、彼等の枕投げはどんどんヒートアップしていくのであった。
そんな彼等の近くの木々には、ある二人の影があった。
「賑やかそうだな。」
「○○さんも行ったらどうです?」
「いや、俺は良い。俺が神を見張ってないで、誰が見張るんだ?」
「見張るって言っても、何も見えませんよ。」
「…確かにな。」
「でしょ?」
「でも何かあったら先導してあげないとな。」
「…確かに、今水を刺したところで聞きそうに無いですもんね。」
「ああ。それよりも空気が悪くなる。折角楽しんでいるんだから、場を壊すようなことをしちゃ悪いだろ。」
「ですね。」
「お前も帰って良いぞ。この調子だとお前の家にも行くだろうから、何か祝いの品でも用意してやったらどうだ?」
「そうですね。考えておきます。それまでに暴れ出さなければ良いんですけど。」
「…本当だな。」
一人が空を見つめるに従って、もう一人も空を見上げる。遠くの方に見える海の儚さは、二人の心の中にある不安を物語っているかのように見えた。
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