第二十三話 消えた筈の家

 最初に行くのは誰の家なんだろう。リーさんを回収した後、そのまま崖の下を歩いている。


「水が欲しかったら言ってくださいね。」


「火が欲しいんやったら言ってや。」


カンさんの言葉にリーさんが重ねる。


「そんな人いないでしょう。」


「寒かったらどうすんねん。」


「…何としてでも自力で暖めます。」


カンさんは自分のツッコミのミスに気付き少々悔しがるも、視線は新たな方向へと向けられていた。


「見てください、滝です!」


「うお、綺麗だな。」


「ほんまや、めっちゃ綺麗。」


「綺麗ですね。」


皆口を揃えて綺麗綺麗と言うもんだから何だか面白くなってしまった。自然だから綺麗なのは当たり前なのに、やっぱり目の前にすると綺麗だと言ってしまいたくなる。案外滝は低く、滝壺がよく見える。


「あそこを越えた所に、リーさんの家があるんでしたっけ。」


「そうや。ちっぽけな家やけどなぁ。」


「なんか凄そう。あっちこっち燃えてそう。」


「なんでやねん。阿保か。」


「…?」


ゴンさんは旅の楽しさにさっきからずっと何かを見つけてはボケている。ほんの小さな事でも反応するから、いちいち書くことはないが、テンションの上がり具合はまるで子供である。


 滝壺まで降り、滝の奥に見えたのは、確かに素朴な家だった。全体的に木を材料とし、所々破れており、窓がなくても風通しが良さそうだ。


「凄ぇ、鬼太郎住んでねぇか?」


「なんでやねん。」


「あ、ゴン君それは駄目です。リーさんも適当にツッコまないで下さいよ。」


慌ててカンさんがゴンさんの口を塞ぐ。人間界の漫画を読まないと出来ないボケなのに、ちゃんと通じてる。まさか八卦がゲ○ゲの鬼太郎を知っているとは。彼等がそれを読んでいる姿を思い浮かべると、可笑しさに耐えられなくなって口元が歪んでしまった。


 ゴンさんが一番乗りにリーさんの家に入っていく。


「意外と広いんだな。」


「あれ、前に誰か来てたんですか?」


「なんでやねん。」


「いや、ボケてませんよ。ほら、コップが置いてあります。茶の葉がまだ溜まっていないので、最近の筈ですが。」


「ほ、ホラー…、」


「…っていうかリーさん家を燃やしたと言うのは嘘だったんですか?」


「えっほんまや、怖。」


「怖くないでしょう、貴方の嘘なんだから。」


「いや、ほんまに全焼してんで?」


「え?」


じゃあ今自分達がお邪魔しているこの家は何なんだろう。まさか、と思って家を出て周りを見てみる。


「どうかしたか?」


「いや、ダーさんがいるのかもって思って。」


「ダー?何で?」


「あの人は幻覚を見せられるんでしょう?」


「あー。確かそうだったな。」


「でもあいつは見たものしか再現できない。それに、あいつは一定のテリトリーから動こうとしないから、うちん家を見る事はまず無いと思うんやけど。」


ん?見たものしか再現できないって?ちょっと待ってよ。ふと思い出すとさらに寒気がしてきた。


「僕、何時あの子にあったっけ?」


あの子と初めて会ったのは人影のおかげ。つまりリーさんの言う事が本当なら僕が知らぬ間にあの子と会っていない限り、あぼ人影は作れない筈だ。


「大丈夫ですか?照葉君。」


「…大丈夫、です、多分。」


 そして僕が一旦座ろうと床に手を着いた時だった。一瞬にして家が崩れ、リーさんが言っていた様に、焼けきった炭を残して家はなくなってしまった。


「「…!?」」


「何!?どうなってんの?」


「誰が何をしたんや。」


勿論皆何もしていない。まるで自分達が此処へ来たあの一時だけ時が戻ったような感覚。


「もう行きましょう。早く行きましょう。」


「うぉお、押すなカン。」


「行こ行こ、怖いわ。」


「あ、リーさんそんなに押すと背中が痛いです。」


 そんなこんなで結局は皆で走り、全く知らない何処かの地へ来てしまった。唯、走っていた道が坂ばかりだったから、足がもう動かない程エネルギーを消費している。ケンさんがいれば以前海に行った時みたいに運んでくれるのだろうけど、その為にケンさん入るのではないと我に帰る。けれどその代わりに御三方には足の回復を待って貰った。気を使ってカンさんがおぶってあげますよと言われたけど、流石にそれも出来ない。何せ僕は人間界で言うともうすぐ青年、自立が成長過程の目標なのだ。こんなことで甘えていたらきっといつまで経っても甘えてしまう様な気がして嫌だった。


「もう大丈夫です。お待たせしてすいません。」


「よし、ほな行こか。」


「次は…此処の近くって誰が住んでたっけ?」


「あの山を二つ越えたらソンさんの家があった気がします。あ、でもその手前に海がありますよ。」


「二つかぁ、どうする?ゴン、何とか出来る?」


「皆さん、海がありますよ。」


「行けるぞ、二つだろ。あ、でもソンの家を此処に持ってくる事になるから相当迷惑かも。」


「歩いていきましょう、海もいきましょう。」


「あれ、この真下の地面だけ動かしたら行けるんじゃなかったっけ。」


「それ兄貴な。」


「あ、そっか。」


「海。」


遂に単語しか言わなくなってしまったカンさんに、ゴンさんがやっと反応し、カンさんの機嫌を取り戻した。


 そんな訳で海へと足を進めていく。


「カンさんは海派なんですね。」


「海派?」


「僕らの世界では、大まかなグループとして、旅行に行くとき海派か山派かで分かれるんです。」


「へぇ、じゃあうちは海派やな。」


「え、意外ですね。」


「だって近くにあれだけの水があったら遠慮せず力を使えるやろ?」


「あぁ、そう言うことですか。」


「俺両方派。旅に行ければそれで良い。」


「へぇ、幸せもんやなぁ。因みに私は山派やわ。」


…今の声は、この四人の誰のでもない。口調はリーさんに似ているけど、リーさんよりも穏やかで、少し嫌味ったらしいゆっくり口調。思い当たる人は一人しかいないんだけど、何処にも姿が見えない。


「何処だ、簪かんざし野郎。」


するとゴンさんが一瞬にして隣から消えた。どうやら風で真上に吹き飛んだらしい。


「相変わらずいけずな人やなぁ、ゴン。」


「うぇ、其処かよ。」


どうやら上の木に隠れていたらしい。木に引っ掛かったゴンさんを、ソンさんが拾い上げる。


「お前さんらが旅に出る言うのは知っとったさかい、会いに来たろ思てな。どや、サプライズや。」


「何で知ってるんや。」


「せやなぁ、風の噂?」


「?、ほんまかいな。」


「で、何処に向かってるんや?」


「海です。」


「その後ソンの家に行く。」


「うち来るんかいな、なんや言うてくれれば良かったのに、わざわざ会いに来てもうたやん。」


と言いつつもソンさんは全く残念そうに無い。私も一緒に海へ行くと、木から降りた。一瞬、風で空を飛べるんじゃないかと思ってみたけど、降りる様子からして、上ることは出来ても落下死してしまいそう。現にソンさんは上手く着地できず足首を押さえている。そもそも下駄で木から飛び降りるのは無理な話であり、何故登ったと思う一方何か支えてあげれば良かったかなと反省もした。


「今更やけど、海で何をするんだい?」


「…。」


「おい、カンだろ?行きたいって喚いたのは。」


「いや、何かするというか、見たいなーって。」


「え、なんやそれ。」


「別に良いじゃないですか。水位とか気にしなきゃいけないんですよ。」


「おいおい巻き込むなよ~。」


「あれですよ、ケンさんに会えるかも知れませんよ?」


「…しゃーないな。」


「軽いな。照葉、お前はどうしたい?海行くか?」


「えーと、行きたいですけど…」


「なんや、お前さんら疲れてはるんか?なら言うてくれれば良かったのに。」


え、っと聞き返す間もなく自分達何かに背中を押される。招待は勿論風なのだが、そのおかげで何も力を入れなくても前に進むことが出来た。


 そうして、多少強引ではあるけれどもとりあえず海に着いたのである。この海は、以前ケンさんが連れてきてくれた海とは違い、浅い所でもクラゲがいる為あまり入らない方が良いとソンさんが教えてくれた。


 もうすぐ日が暮れる。夕日に輝く海も、もうすぐ夜を向かえるのだ。

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