第二十二話 旅の始まり
「まぁそんな感じや。」
「話してくれてありがとうございます。」
過去にそんな事があったなんて。それなら僕が来たときに僕を狙おうとしたのも分かる気がする。いつの間にか日も暮れ、空はオレンジ色に染まっていた。
「帰らんでも大丈夫なんか?」
「あ、そういやそうでした。」
「今頃あいつら心配しすぎで死んじゃってるんじゃないか?」
「僕、帰ります。リーさんはまだまってるつもりですか?」
「何だその言い方は。会えないみたいじゃないか。」
「やっぱり会おうとしてたんですね。」
「…謝りたいんだよ、ほっとけ。」
「謝る?」
「いや、何でもないわ。とりあえず帰りな。」
「はい。あ、ご飯はどうします?」
「ご飯?あぁ、魚か…置いといて。」
「良く分かりましたね、伝えておきます。じゃあまた。」
「おう。またな。」
そうして僕は家に帰った。
「あれ、何処に行ってたノ?」
意外と静かに出迎えられて、何もないのにちょっと不安になる。
「リーさんと出掛けてたんです。」
「そう、じゃあご飯食べよっカ。」
「…今日何かあったんですか?」
不安のあまりつい聞いてしまった。
「いや、何もないヨ?唯、君はもう狙われる危険が無いって分かったから、僕らも多少の自由行動は認めようと思ってネ。あ、でもむやみやたらに八卦に近付いてはいけないヨ?」
「分かっています。心配をかけるようなことはしません。」
「じゃあご飯にしましょう!!」
と突然カンさんが居間に入ってくる。何故そんなにハイテンションなのかは分からない。一つ思うことは、リーさんの話を夢中で聞いていたから皆との接し方を忘れかけている。その所為かカンさんがより幼く見えてきた。
「ご飯食べるぞー!」
後から来たゴンさんがカンさんを押し退け居間に乱入する。相変わらず賑やかだなと思いながら、僕は夕飯を済ませた。
翌日、早朝に誰かが家を訪れてきた。
「どうしまし…え。」
その相手は僕だった。あの僕とそっくりな人影だ。
「フフフ、私だよ。」
その人影は、僕が困惑しているのを満足するまで楽しむと、招待を明かした。
「ダーさん!」
「あの時はどうもありがとう。」
それだけ言って帰ろうとする彼女を、僕は止めた。
「僕に化けられるの?」
「違うよ。私の力は幻覚を見せる事。たちが悪いでしょ。」
そう言うと彼女は僕の腕を振り払い、今度こそ帰ってしまった。まるで礼だけを言いに来ただけ、と言わんばかりに拒絶された僕は、玄関に突っ立ったまま暫く時を過ごすことになる。
「何やってんだ?」
「さっきダーさんが此処に来て、礼だけ言って帰って仕舞いました。」
「あぁ、あいつは何時もそんな感じだ。それより照葉、これから旅にでないか?」
「え?」
「折角誤解も解けて分かり合えたんだし、旅をするついでに皆に挨拶に行かないかなって。どう?」
「良いですけど、二人で行くんですか?」
「いや、カンもリーも一緒だぞ。」
「コンさんは?」
「僕は良いヨ。」
ゴンさんの後ろを見ると、コンさんがいた。
「僕は皆と気楽に話せなイ、色々事情があってネ。」
「だから事情ってなんだよ。もういい、兄貴は良いんだってさ、さっきからずっとこの調子だ。」
ゴンさんは少し怒りながらそう言った。コンさんの言う事情というのは察せなくも無い。きっと五人一緒に八卦となったのに、自分だけがケンさんやカンさん、リーさんと深い関わりがあるおまけに引き継ぎを止めて新たな役割を担っている事に対して、コンさんなりに罪悪感があるのだろう。そりゃあ、引き継ぎ主も生きて自分も生きられるなら、誰だってそうしたかっただろう。残りの彼等もきっと引き継ぎ主の遺体を見た筈だし、偶々"坤"という空席があっただけで成り立った事だ。けどゴンさんはそれを知らないのかな。事情の内容をいつまで経っても話さないコンさんに呆れていた。もしかしてケンさんの元引き継ぎがコンさんであることも知らないんじゃないかな。無知なことを馬鹿にした訳じゃないけど、これはゴンさん自身が自分から知る様になるまで黙っていることにした。人には隠し事が付き物であり、それを全ての人間が知る必要はない。もまた兄の教えである。僕には兄の教えが多いが、兄が偉いわけではない。唯、普段から本を読む習慣があり、その作家の名言を、本が読み終わると同時にいちいち僕に伝えてくるから、僕はそれを兄の教えだと思っているだけなのだ。だからきっとこれも何処かの作家さんの教えなのだろうけど、今は兄に格好つけさせてあげよう。
「よし、行くぞ。」
「リーさんは?」
「なんか前のカンの家の近くに崖があって、その下にいるから出発するなら迎えに来いって。」
まだいたのか。え、まだいたの?もうそんなに会いたいんなら其処に家造っちゃえば良いのに。
「コン君、本当に付いてこなくて良いんですね?」
「うン、大丈夫。」
「分かりました。じゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃイ。」
「僕も、行ってきます!」
「暫く帰ってこないけど元気にしてろよ、兄貴。」
「君達こそネ、行ってらっしゃイ。」
出発しきる前にもう一度家を見渡しておこう。旅の途中で向こうの世界に戻ってしまえばもう二度と見れない景色だから。しっかり目に焼き付けておこう。戻れる可能性としては壊滅的に低いが、一応希望はまだ持っている。そうでなかったとしても暫く帰ってこないというのなら見ておくに越したことはない。寂しくなった時は、コンさんとこの家を思い出そう。この家を満足するまで見渡した後、僕は外で待機している皆の元へ行った。そうして、僕ら三人は出発する。後でもう一人増えるけど。僕らの旅の始まりを、雲一つ無い快晴が見守ってくれていた。
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