第二十一話 彼らの戦争 Ⅳ

 第二のケンのおかげで直ぐにケンを探す事が出来た。しかしそれは良い再開ではなく、悪い方の再開の仕方だ。


「おい、大丈夫か!!」


先輩らが倒れている光景を、カンが呆然と眺めている。


「何があったんや、カン!しっかりしろや!!」


「…。」


後から来たケンも黙って見つめている。


「皆さんが、急に…喉を切って…倒れて…。」


彼らの首の下には血溜まりができている。自害だ。自害なら、人間がこの世に来たことにも合点がいく。何故なら自害は本人の意志で寿命を切っている為、不意に死んでしまわない限りは引き継ぎが来るのだ。それも彼等は、その本人自身が自害を決めたときにやって来る。つまりケンも先輩らも、ケンが人間が来たと報告しに来た時には既に自害の意を固めていたのだと考えられる。


「…何でや。」


「…。」


「何でか言えやボケェ!!」


切羽詰まって吐き出すと、カンがビックリして此方を向く。その目には涙が溜まっており、今まで我慢したようだった。しかしその我慢は崩れ、ボロボロと流れていく。すると後ろに立っていた筈のケンが、いつの間にか元ケンの所に駆け寄っていた。


「ケンさん、まだ生きています!」


「え?」


「僕、救護担当だったんです。向こうで。」


向こうでとはどういう事だろう。こいつは何を言っているんだろう。正直パニックだった。そして彼も平常を保つのにやっとだと言うことが分かる。その所為か急な敬語口調にまるで別人の様だ。


「僕、さっきこの人と話したんです。先輩が来る前に、ですけど。」


自分が来る前、それは元ケンが人間の発見を報告しに来てから街を駆け回り、再び森に戻るまでの間の事だろうか。かなりの時間があったと思うが、一体何を話したのだろう。そんな風に考え事をしていると、突然何も言わずにケンが彼を抱えて浮上した。


「「…!?」」


「あの子は一体誰なんですか?」


「ケンの、引き継ぎ。」


「…、何をしに行ったんでしょうか。」


「さあな。」


「…。」


そういえばさっき、あいつは"僕らは"誰なんですかと問ていた事をふと思い出す。急な話だが、ずっと脳内に引っ掛かってはいたのだ。普通記憶が無いのなら、ゴンさんの引き継ぎの様に自分の存在を確かめる筈。でもあいつはあの場にいた全員が存在する意味を問いた。あいつは何かを知っている。気のせいかも知れないが、何故かそんな気がした。




 そして夜は明け、リーはカンと一緒に残された先輩の遺体を片付けていた。


「結局、何で先輩は死んだんや?」


「すいません、分からないんです。」


「そうか…。」


自分達は何でも共有しあっていると思っていた。互いに知らないことはないと思っていた。何故あの時言ってくれなかったんだろう。何故あの時人間達の引き継ぎ相手を聞かなかったんだろう。もし聞いていたとしてもあいつは嘘をつくのが容易に想像できるが、せめて聞いてあげたら何か変えられたかも知れない。


 ある程度遺体を綺麗にし終わった時。急に後ろが賑やかになった。


「おう、お前ら来てたのか。」


聞き覚えのある声に、少し状況を思い上がらせながら勢い良く後ろを振り向くと、ケンがいた。それも引き継ぎの方ではなく、ちゃんと、自分達が知っているケンが。


「ケン…さん?」


「何、で…。」


まさか最後に会いに来てくれたとか?いやなわけないよな。


「先輩達はどうした。」


「此処に、ってその前に説明しろ。何でお前が生きてんねん。ケンが二人なんて聞いたこと無いぞ。」


怒りの所為で少し呂律が回らなかったが、泣いていない分カンよりはましだと思う。あんなに心配したというのに、ケンは平然と笑っている。


「恥ずかしながら助けて貰ったんだよ、この子に。」


良く見るとその隣には見知らぬ男が立っている。


「何のつもりや?証拠を見せろや。」


そう言うとその男が傷付いたシャツを引っ張り胸元を見せる。そこにはナイフで皮を剥いだ様な大きな傷跡があった。そしてケンも着物をどかして胸元を見せると、そこには『☰』の文字が。


「引き継ぎを取り消したってこと?」


「まぁそんな感じだ。」


でも何故横の男が胸元を見せる必要があったのだろう。とその時初めて気が付いた。その男は、さっきのケンの引き継ぎである。黒髪から白髪に変わり、前髪を片方に寄せていたから一見別人だが、確かにさっきの引き継ぎだ。


「そいつはどうしたんだよ。」


引き継ぎを取り消したのは一旦良しとして、引き継ぎが来てしまった以上こいつの存在を戻すなんて事は出来るのだろうか。


「紹介するよ。我らが仲間、"坤コン"だ。」


「宜しくネ、リーさン。」


「はぁ!?」


「コンさんはもう消滅したって、」


「だからこいつが引き受・け・た・んだよ。」


それもそうだけど、今こいつリーさんって言った、リーさんって言われた。何でこいつにさん付けされてんの?普通先輩なんじゃない?


「あそうだ、これからは上下関係無しにしていこうよ。先輩とか言っちゃうと、仲間意識に邪魔になるでしょ?」


「じゃあ権力で言うとどうなんや?後から増えたこいつは、当然うちの下やろう?」


「リーの欠点はそう言うところだ。それさえなればまぁましな人格ではあるのだけど。因みに、権力で基準を決めてやっても良いがそうするとリーよりこいつの方が上だぞ?」


「はぁ?」


「こいつは俺の一つ下だ。」


ケンがトップだから、その一つ下。つまりこいつはトップ二。その本人は少し気まずそうな笑顔で突っ立っている。何でこいつが自分より上?ケンにとって自分は必要なかったのか?自分はずっとケンに気を使っていたのに、ケンはこいつを必要とするんだ。あんなに心配してやったのに、ケンが死ぬと分かりあんなにも必死で走っていたのに。


 全てが馬鹿らしく思えてきた。そしてボーッとしている間に事は収まり、いつの間にか普通の生活に戻っていた。戻ってはいないか、先輩もいないし、ケンももう知らぬ人となった。カンはあれ以来自分といると気まずそうにするし、自分は何の楽しみも無くなってしまった。家が焼けてしまった所為で本も無い。


 生きる楽しみを失いなにもかもが"普通"になってしまった時、新たにこの世界に人間が送り込まれたことを知った。その人間こそが、草薙照葉であり、今のこの状況に至るのだ。

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