第二十話 彼らの戦争 Ⅲ

 ケンには、自分の仕事を終わらせてからそっちに向かうから先に先輩らを見つけて来てくれと伝えた。


 まだまだボヤは収まらず、数は減ったと思えばまたどこかで新たに出てくる。そんな厄介な役目を自分が担っているなんて。自分の中では、この仕事はカンがやれば良いのだと思っている。だってその方が先輩の言うやつよりもっと効率が良いじゃん。火には火を、じゃなくて火には水を注いでやれば消えると思う。風は一寸リスクがあるし、無理があるのは分かるけど、水はいけるのでは?けれどそれを以前カンに言ったらそれだと街中で洪水が起こってしまうからともう否定されたのを思い出す。そもそも、僕がそれをしてしまったら貴方の仕事は無くなりますよとも言われた。確かにーと認める一方論破された気分に多少腹が立つ。あの時は冗談だってと誤魔化したが、その後家に帰ってカンから貰った魚をカンに見立てて、全て残らず丸焦げにしてやったのを覚えている。そんなこんなで今回の"仕事"を全てこなしたリーは、とっくに日が沈んだ空を背に自分の足で帰路を辿った。


 辿っている最中、突然水柱が空に上がっているのを見つける。きっとあげているのはカンなんだろうが、果たしてカンはこの緊急事態を知っているのだろうか。それとも彼が今緊急事態なのだろうか。七人の内の五人の中にカンが入っている可能性もある。兎も角その水柱を頼りにカンの元まで走っていった。


「おい、どしたんや!?」


水柱の元に着くと、そこにはケンが言っていた様に人間達がいた。


「おい、カンは何処や?」


「カン、?」


「こんくらいの、眼鏡のちっこい奴。さっき水柱をたてとった奴や。」


「それは僕だよ?」


「…なんやて?」


まさかカンの引き継ぎか、と一度は思いゾッとしたが、多分それは違う。何故なら彼がもう一度力を見せてくれようと空にてを伸ばすと、今度は雷が落ちたのである。


「あ、それ俺も出来るぞ。」


と隣の奴が言う。確かに彼の手の回りには雷の元となる電気が、ビリビリと纏わりついていた。だから、彼はきっとシンの引き継ぎなのだろうが、さっきの奴は違う。リーはもっと恐ろしいことに気付いた。水も雷も操れる奴、それは…ケンしかいない。ケンは普段からあまり力を使おうとはしないから気付かなかったが、確かそんな力を持っていた様な。彼があげた水柱というのは、きっと雨を扱う一種なんだろう。


「…他に何か使える奴はおるか?」


「力?」


「そっか…この木を真っ直ぐ見つめて、とりあえずでええから集中してみて。」


すると木は揺れ、落雷を受け、根こそぎ倒れた。そしてその倒木の周りに小さな花が咲く。


「あれ、僕は何もならないよ?」


それは君が"乾"であることの証だ。


「大丈夫、そんな奴もいる。」


一人は"乾ケン"、一人は"兌ダ"、一人は"震シン"、一人は"巽ソン、一人は"艮ゴン"、計五人が八卦の引き継ぎの為に集めらた人間達だ。


「ありがとう。」


今はこいつらに構っている暇はない。カンならまだしも、ケンを失うのは嫌だ。勿論カンも失いたくはないが、ケンを失うなんてもっと嫌なのだ。なんせ同じ年に八卦を引き継いだ唯一の仲、意外と気の合い、ため口で話せた唯一の仲。唯一の後輩であるカンとの仲の良さとはまた違う、同じ時を過ごしてきたものにしか分からない謎の共鳴を、リーは運命だと思っていた。それなのに、それなのに自分をおいて先輩らと一緒に死んでいくなんて…絶対にそうはさせない。そんなことあってはならないのだ。忠告しておくが、これはあくまで恋では無く友情である。あいつの為に全てを尽くそうという思いなど無く、決して毎日一緒にいようなんてつもりも無い。逆にあいつなんかが毎日隣にいられると迷惑だ。唯、あいつがこの世の何処かにいて、たまにふらっと思い出を共有したい、共感したい、そういう意味で、自分はケンを好いている。友達として、親友として。


 でも移動しようにも移動できないことを悟る。何故ならケンは先輩らを探しに行くと言い行方知らず、カンはそもそも行方知らず、彼等みたいに自分の力で移動しようにも周りが火の海になってしまう。かといって徒歩で彼等を探せなんて気の遠くなる作業だ。なんて不憫な力なんだ。これは何かの罰なんだろうか。


「あの、俺らは誰なんですか。」


彼らの立場からすると当然の質問ではあるが、あまりにも唐突すぎて理解するのに時間が掛かった。


「こんな力を急に持たされても、自分が誰なのかすら知らずに使えないぞ?」


ゴンがそう言った。その言葉に、リーは少なからず感心した。自分だったら自分が誰であろうと使えるもんは使いまわるのに。実際自分が初めて此処に来た時、暴れるに暴れて怒られていた。まぁどちらかというとあれは力を見せろと言われて制御出来なかっただけなんだけど、楽しさを感じなかったと言えば嘘になる。


「あ…、そう。」


「何が"あ、そう"だよ。此方は寒くて仕方がないってんのに。」


「寒いのか?」


自分が火照りすぎて気付かなかったが、確かにこいつらにとっては寒いんだろう。


「…何見つめてんだよ気持ち悪ぃ。」


「なっお前気持ち悪ぃってなんやねん!此方は先輩やぞ!?」


「先輩?先輩ならこの状況何とかしてよ。」


まじか。こいつらに構っている暇はないのに。そしてなんて生意気な後輩たちだ。ちょっとぐらい上手く力を使えるからってこのガキが。


「…お前さん、先輩にその態度はちょいとあかんのちゃう?」


「そうだねぇ、もしかしたらツンデレかもしれない。」


「おい、誰だ今俺の事ツンデレって言ったのは。おい、お前だろ。なんて呼んで良いのか分からんがお前だろ。」


「僕じゃないよ?」


「その顔は絶対お前だろ。」


「いーや、僕じゃないね。」


「まぁまぁ、ええやないの。でも寒いのは仕方ないなぁ?先輩、何とかでけへんねやろか?」


「お、おう。…じゃあ皆、此方に来い。」


こう言われては仕方がない。自分だって先輩なんだから良い格好ぐらいしたい。これは仕方ない事だから、ごめん、ケンもう一寸頑張ってくれ。


 そう思いながら近くにあった葉を集めて火をつける。


「すげぇ、火が勝手に付いたぞ。」


「先輩が付けてくれたんでしょ。」


「そうなのか?ありがよな。」


「おっツンデレ秒で卒業したね?」


「だから俺はツンデレじゃねぇって!」


「その内分かることやさかい、気にせんでぇ?」


「分かるも何も、違うって!ってかお前らも先輩に感謝しろよ。」


「先輩思い~。」


「…殺す。」


「やだ、怖い~。」


「…。」


仲良いなぁ。自分の時はケンと自分の二人しかいなかったからこんなに賑やかではなかった。五人もいればここう賑やかになるのか。そういやさっきから一言も話していない奴がいる。隅に隠れている、小さな女の子だ。


「あんたも此方に来るか?」


その子は自分に話しかけられたと気付くと小さく首を横に振った。


「火は嫌い。」


まさか嫌いと言われるとは。この傷心をこの後どう癒そうか。


「…何で?」


「火には敵わないから。火は全てを消してくれる、でも何も残らない。」


彼女の口から出たのは全うな正論だ。自分が一番嫌いな、正論。何時もあいつが口にしている、正論。


 そうだ、急がなきゃ。うっかり時間を取ってしまった。


「何処に行くの?」


「お前には関係ない。」


そう突き放して走り出そうとする。


「僕が連れていってあげようか?そういや僕、飛べるんだよね。」


そうか。その手があったか。


「…じゃあ頼む。」


「仕方ないねぇ?」


…このガキ、後でどうなっても知らねぇぞ。

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