第十九話 彼らの戦争 Ⅱ

「リー?いるか?」


 時は今から九十七年前、リーは自分の家に閉じ籠り本を読んでいた。


「んー?」


「あ、いたいた。」


ケンとは同期に此の世界に入ってきた為割と仲が良く、何かあったら自然と情報が回る様になっていた。


「何読んでんの?」


「過去の先輩らの遺言書。」


「読んでて楽しい?」


「いや、愚痴だらけで散々やわ。」


そうだろうな、と笑いながら近くの椅子に座る。


「そう言えば、神様が目を覚ますんだってさっきゴンさんが騒いでいたけど、本当かな?」


「そん時はそん時や。」


「でもなんか嫌な予感がするんだ。」


「…そん時は、そん時、や。何かあったとしてもうちらなら大丈夫や。」


「そっか。」


そして少しの沈黙が続いたあと、また玄関を叩く音がした。


「リーさん、魚持ってきましたよ!」


「え、いらんよそんなに。」


「あ、ケンさんもいたんですね。良ければケンさんもどうぞ。」


「お前本当に魚好きだな。」


「だって力を使えばポンポン捕れるんですもん、こんな楽な作業ありますか。」


「ちょっとは苦労しろっての。」


この時のカンは釣りなど知らず、自分の力の素晴らしさを存分に楽しんでいた。けれど捕れた魚が大量にある所為で、本人だけでは食べきれずこうして人ん家へ持ってくるのだ。


「折角なんだし今食べるか。」


そう言って魚を綺麗に洗った板の上に並べると、リーの力で一気に焼き上げた。


「うまそうだな。」


「捕れたてですもん美味しくない訳がない!」


そう言ってばくばく食べ始めるカン。


「お前結局自分が食べたかっただけやろ。」


三人の笑いが部屋に響き、さらに魚の美味しそうな匂いが飽和した、そんな平和な空間。


 しかしその空間は、おぞましい地響きによって突如として遮られた。


「何だ、この音。」


「揺れている気もします。」


暫くの間様子見をしていた三人。そして先輩の声が外から聞こえる。


「おい、家の中にいる奴は今すぐ出てこい!そして皆一ヶ所に集まれ!!」


その呼び掛けに直ぐ様外に出ると、玄関を出たと同時に大きな衝撃音がした。驚いて後ろを向くと、なんとさっきまで平然と建っていた家が跡形もなくなっている。おまけに瓦礫の下に焼いた魚が埋もれ、この状況だけを写真に写せば、なんとも残酷な描写にもなる。


「行くぞ。」


兎も角自分達が今命ぜられているのは一ヶ所に集まる事。具体的には教えてはくれなかったが、ケンがいればそんなの関係ない。行くぞの掛け声と共に二人はケンの手を握り宙に浮上する。すると周りの森の様子や荒れていく海などが一辺に見える。


「あそこです。」


カンが指す方を見れば、確かにそこだけが自然の動きが活発である。それは八卦がいる何よりの証拠だ。


「行ってみよう。」


 着いてみると矢張そこには八卦が集まっており、残りは自分達だけだった。


「シンさん、今どういう状況なんですか?」


「百年に一度の神のお目覚めだ。今、揺れを抑えるためにゴンが頑張ってくれている。それが終わり次第、それぞれの管理下の場所を見回って異常を無くせ。」


「分かりました。」


見ればゴン先輩が地面に手を付け力を注いでいた。だからか家にいた時より此処の揺れは小さい。さっき空から見渡して分かったが、この森はまだしも聖域と呼ばれている自分達があまり踏みいっては行けない場所、つまり人間が住んでいるとされる街の方は、ドタドタと大きな建築物が揺れによって倒れていっていた。


「カン、お前も手伝え。」


「手伝うって何をです?」


「土の水分量を増すんだ。」


「え、でもそうしたら地面が雪崩れて仕舞うのではないでsy、」


「良いからやりな、それを抑えるのがお前の仕事やろ。いいか、川の水分を出来る限り浸透さすんや。そしたら川の反乱量を一寸でも無くせるし、土砂崩れの被害も減らせる。乾燥した土は亀裂が入りやすいさかい危険や、でも水分量が多すぎてもなるから、程程にな。」


「っ分かりました!」


それはかなり前に本で読んだ。自分の扱える力は火だ。しかしそれは決してカンのようにその物質の量を動かせるような便利なものでは無い。目の前に火を作ることは容易くても、目の前の火を消す事は出来ないのだ。それは自分の力不足でもあり、"火力を増す"事にしか興味が無かった所為でもある。一度の火の付いたものを消そうと思えば、その火を一旦自分の火に取り込む必要がある。その自分の非力さを埋めるべく、リーは本を読み出した。そうすれば、今のように力を扱えずとも役にたてると思ったからだ。


 漸く揺れが収まったようで、皆それぞれの役割がある位置へ分散していく。リーは街中が中心的な活動場所だった為、ソンに運んで貰って町の方を駆け回った。


 因みにソンの役目は八卦の移動手段である。というのも、ソンの活動時はこういった突発的なものではなく、一定の時期に起こる梅雨だったり台風だったりと呼ばれる時だ。雨が降っても余程の事じゃ動かないし、快晴が続いても余程の事じゃ動かない。さらに言うと彼の仕事内容的に他の八卦との相性にもよる。例えばさっきの台風なんかは風を操るソンさんとの相性だったり、もっと簡単な話雨ですらカンとの相性だ。だから、権力段階では一番上でも、果たして一番強いのかどうかは分からない。


 話は戻り街を駆け回ってみると、至るところで火が暴れていた。先輩の教えにより小さなボヤから消していく。自分は以前も言った通り一度火力を増し自分の火に取り込まないと消すことが出来ない。だから大きな火を相手するより、先に小さな方から相手をした方が効率が良いのだという。自分がもう少し力をつけ、自然の火を何の苦労もせず消せたのなら何の心配もないのだけれど。と最後に聞こえぬような声で呟かれたのは凄く悔しかった。けれど出来ないものは仕方がない。引き続き街を駆け回っていった。


 ある程度消し終わった後、少し休憩しようと腰を下ろした時である。何故かケンが息を切らしながら戻ってきた。


「どしたんや?何かあったんか?」


ケンは口は動かしていても息切れの所為で何も聞こえない。


「何?はっきり言うてくれんと分からんで?」


「森に、人間が、来てる、」


「…え?」


「だから、森に、人間が、来てるんだって、」


「嘘やろ、誰かが死んだんか?」


「それも、五人も、」


「…!?」


八卦は八という字が付くが人数的には七人だ。その内の五人が死ぬということである。それも、人間が来るというのは本で読む限り、八卦の寿命による死でしかあり得ない。たとえ八卦同士で殺されようが、八卦自身の力を誤り死のうが人間が来ることはない。つまり寿命まで待たなければ引き継ぎが出来ずその力ごと失うのだ。その例として、過去にいた筈の"坤コン"という力は今は存在しない。直接会ったこともないが、先輩の話による何か新しい技を見つけたらしくそればかりを研究していくなかで、いつの間にか行方不明となったらしい。非常に奇妙な事件として皆がコンを探し回ったらしいのだが、隅から隅まで探しても見つかることはなかったという。それで引き継ぎも現れないから、自分の力に溺れて仕舞ったのではないかと結論が出され、今はコンはいないとされている。


「人間が来たというのはあんたが見たんか?」


「そうだ、この目で、直接な。」


 同時に五人も引き継ぎが来るなんて。先輩たちに何があったのだろうか。

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