第三話 山と地のせいくらべ
「コンさんのごんといいあの変な力といい、一体貴方達は誰なんですか。」
僕は小屋の中で彼らに問う。彼らは僕を怖がらせない様に、優しい口調で話し出した。
「僕らは、八卦と呼ばれる神の使いだヨ。自然における八つの現象を、それぞれが操れる力を持っているんダ。」
「細かく説明すると、
一、天を扱う
三、火を扱う
五、風を扱う
七、山を扱う
の八人だ。俺らは血は繋がらないが“家族”のような関係で、力を扱う者同士の契約もある。下手に使って良いもんじゃ無くってね。そして八卦の証に、体の一部に必ずにマークが浮き出てくるんだよ。兄貴は左のでこ、俺は右のでこにある。」
ゴンさんが前髪を片方に寄せると、確かに『☶』というマークが彫られていた。つまり今までコンさんゴンさんと言っていたのは、その八人の名前の中にあった7,8番目。さっきゴンさんが、僕にはどうしようも出来なかった頑丈な木を呆気なく倒す事ができたのは、その力とやらで土の中の根をいじったのだろう。
「それでね、此処は俗に言う“現実”世界とは違うもう一つの世界。同じ地球上で、世界が二分化され、互いに影響しあって成り立っているんダ。例えば、向こうの人間がもし此処に居ても、僕らには見えなイ。だけれど、その人間がこの茶碗を投げたとしたら、その投げられた茶碗は見えるんだヨ。殆どの物体は共通して見えるからネ。相手も同じ様に、僕らの姿は見えないんだけれど、僕らが動かした物は向こう側にも反映するって事だヨ。そして、こちら側には八人しか存在していないはずで、そもそも、君みたいな一般人がこの世界に来ることは普通じゃあり得なんだヨ?」
自分が何故こちら側に来てしまったのか。その答えを知る者は、少なくとも此処にはいない。しかし自分が今どれ程無力で危険な立場にいるのかは僕にはよく分かる。
「あの、僕どうやったら帰れますかね?」
泣きそうになるのを抑えながら、僕は聞いた。
「どうやったらって…人間を拾うのも下手すりゃ掟破りになるかも知れないんだよネェ。」
「そうなのか?」
「そうそう、だから極力早い事帰って欲しいのがこちらの本音だけれド。」
三人もいるはずの部屋の空気は止まり、温度が下がっていく。僕も僕で物理的に命の危険を感じるし、彼らも彼らで僕を拾った事における精神的な命の危険を感じている。八卦の方々の内他の六人が、どういった人相なのかは知らないけれど、もし僕がコンさんやゴンさんに匿ってもらっている事を知ったら、僕はどうなるのだろうか。それが恐ろしくてたまらない。
「まぁそう深く考えずに、今日はもう寝た方が良いんじゃナイ?君達人間って、何より睡眠が大切なんでショ?」
コンさんがそう言うと、ゴンさんもそうだなと言って寝床を整えてくれる。
「コンさん達は睡眠は大切じゃ無いんですか?」
「大切というか、まず眠くならないカナ。寝ようと思えば寝れるダケ。食事も、お腹は空かないけれど、食べようと思えば食べれるダケ。美味しい物を口にする娯楽は此方にもあるからネ。」
そこで初めて、この人達が人間では無いという事がはっきり理解できた。唯、寝ろと言われてもこの状況じゃ中々寝付けない。用意してくれた布団に身を包み目を閉じるも、意識ははっきりしていた。その隣で、コンさんやゴンさんが話している。
「あの子本当にどうしようカ。」
「捨てて仕舞えばそれで解決なんだろうけど、俺はあんまり賛成はしない。」
「あらま、ゴンにもちゃんと優しさはあったんダ。てっきり優しさなんて捨てたもんだと思っていたヨ。」
「んな訳ねぇだろ。俺は優しいぞ。お前よりもな。」
「そんな事ないっテ。兎も角どうすんのサ。“父”の所に相談しに行くカ?」
「いや、あいつは自分が一番権力を持っているからって調子に乗ってやがる。相談なんてしたんなら、すぐに神に報告しに行くだろうな。」
「それもそうカ。」
「っていうか兄貴が二番目に権力を持っているんだ、兄貴が下に命ずれば良いんじゃないか?」
「人間を拾ったから匿えっテ?馬鹿じゃあるまい、それだと一気に全員を敵に回している様なもんダ。こういう時は慎重さが必要だヨ。」
「じゃあ兄弟の中で一番真面目なカンに相談するか?」
「まぁそれも良いけど…そもそも相談するまである事なノ?バレるまで黙っておこうヨ。僕らだで、人間界への行き方を探せばいいじゃなイ。」
「確かにな。じゃあそうしよう。」
そこで僕の意識は途切れる。何より、この人達が危険な人じゃ無くて安心した。
翌朝。目が覚めると、横にはコンさんが座っている。
「おはよう。もう起きル?」
「おはよう御座います。…まさかずっと此処に居てくれたんですか?」
「いいや、ずっとって訳じゃ無いけれどネ。」
するとコンさんとは反対側から、背中に何かがぶつかるのを感じる。振り向いてみると、隣でゴンさんが寝ており、丁度寝返りを打った手が僕の背中に当たったのだと分かる。
「最初の方はゴンが見てくれていたんだヨ。お礼ならゴンに言いナ。まぁ君があんまりにも気持ち良さそうに寝るから、真似して寝ちゃったけどネ。」
背後で寝息を立てるゴンさんを僕はもう一度見た。するとその視線で目を覚ましたのか、ゴンさんの目が開き「何?」という顔をされる。寝起きでいきなりお礼を言うのはなんだか可笑しいと思った僕は、
「おはよう御座います。」
とだけ伝えると、「あぁおはよう。」と返ってきた。
着替えなんて無いもんだから制服のままある程度の生活をしていたけれど、やっぱり不利に思われたんだろうか、そのうち服を貸してくれた。
「今日さ、皆で川に行かなイ?食料も手に入るし、日向ぼっこもできるヨ。」
「日向ぼっこか。子供の頃を思い出します。」
「子供?君は今でも子供だろウ?」
そう笑われたが、確かにそうだ。散歩がてらに遊んでしまおうと、楽しげにコンさんが支度を始める。ゴンさんはいつの間にか服を着替えていて、さっさと小屋を出て行ってしまった。
散歩の途中、三人の会話の話題はコンさんらの力の事に変わった。
「確か、コンさんが地、ゴンさんが山を操れるそうですけど、何処か矛盾していませんか?だって、地の延長線で山ができる訳で、山も地面という意味では同じでしょう?」
「確かにネ。」
「それって同じ力じゃ駄目なんですか?」
僕の問いに、コンさんは顎に手を当てて、ゴンさんは腕を組みながら考える。
「実質、俺は地面の一部を借りてる訳だから…?何だっけ、よく分かんないぞ?」
「…例えばダ。僕が操れるのは、僕が立っているこの小さな点から、地球上全ての地面だよネ。つまり最大値は地球全部だ。でもこの子が地面を操ろうとすれば、一つの谷から谷までの間のある程度広い範囲が動いちゃう。だから、昨日の木でも、一本だけで無く周りの木も倒れちゃったでショ?」
「力の違いはそんな所だな。んで、何で一緒じゃ無いのかは、俺ら双子だろ?一人を産むつもりが二人も産まれてしまったんだ。分けるしか無いだろって事なのかな?どう思う、兄貴。」
「それに関しては分かんないネェ。」
成程、何となく納得はいった。でも、結局どちらの方が強いんだろう。兄だから、コンさんの方が強いのだろうか。そんな事を考えているうちに、いつの間にか川へ着いていた。
「よっしゃぁ!遊ぶぞぉ!」
あれ、日向ぼっこじゃなかったっけと思いながらも川へダイブしていくゴンさんを見送る。すると、
「コラ!あんまり暴れないで下さいよ!?」
と何処からか見知らぬ声が響いた。
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