第四話 眼鏡の少年

 その声の主は、川で釣りをしていた眼鏡の少年。コンさんはその子の死角になる様に、僕を後ろに移した。


「カンーッ!久しぶりだな!」


やけにテンションの高いゴンは、そのまま釣りをしている“カン”と呼ばれた少年の元へ駆け寄っていく。余程仲が良いのか、ゴンさんはその少年の元に行くなり抱きついた。


「やめて下さい!!」


少年がそう言うと、川の水が数量舞い、一瞬にしてゴンを濡らした。ビショビショになったゴンは、それでも満面の笑みを保っている。


「あの人はね、八卦の六番目、カン君だヨ。年幾つだと思ウ?」


「えっと、十三歳?」


「惜しい。正解は百三歳。僕らが九十七だから、六つも上だネ。」


「えっ!?」


そっか、この人達神の使いなんだった。すっかり忘れていたからかより驚きが増し、つい声をあげてしまう。不味いと思ったのか、コンさんは素早く僕をお得意の力で誘導し少し距離を置いた場所に移してくれたものの、その声に少年‥じゃなくてカンさんが反応してしまう。


「今何か悲鳴の様なものが聞こえませんでした?」


「え、何が何が!?」


相変わらずテンションの高いゴンさん。


「あぁごめん。僕の声だヨ。ちょっとつまずいちゃってサ。」


とコンさん。


「コン君?お久しぶりです…大丈夫ですか?」


とコンを心配しつつも何処か怪しんでいるカンさん。そしてお願いだから気付かないでと願う僕。


「…そういえば、貴方達は知っていますか?この近くで事故があったんです。その時も僕は此処に居たんですが、大きな衝撃音の所為で釣竿を一つ落としてしまいました。」


「そりゃあ災難だったな。知らなかったよ。兄貴は知ってるか?」


「いや、知らないネ。」


「僕達には人間の姿が見えないから分からないけど、その事故の怪我人が少ない事を祈ります。」


「本当にそうだな。でも少ない事は無いと思うぞ。この辺りはは崖が急だし、最低限の転がり方をしてもざっと十人は怪我するだろ。」


「十人?」


「そりゃあそう…ってあれ?」


ゴンさんはコンさんの冷たい視線ではっと我に帰る。


「僕、バスの事故だなんて一言も言ってませんよ?」


さらに核心を突かれたゴンさんは、さっき被った川の水なのか冷や汗なのかは分からないが、何滴か頬に水がつたる。コンさんの視線もいよいよ冷たさを増し、上がった口角が逆に恐ろしく見えた。


「やはり貴方達、何か隠してますよね?初めから可笑しいと思ってたんです。ゴン君の態度。」


「え、俺?」


「はい、貴方は昔から嘘が下手だ。隠し事があればテンションが高くなる傾向があります。」


「そうだったのか…。」


ゴンは笑って済まそうとしたが、そうはいかんぞとコンさんの目が語っている。


「で、何を隠ているのですか?」


この問いの解答例は一「喧嘩の挙句木を何本か倒した」二「人間を匿っている」の二択。二を選ばれれば多分僕は死ぬだろう。ここはコンさんらを信じるしかないと手を合わせる。しかしその願いは、思わぬ形で裏切られた。


「あ、分かりました。」


「「「………!!!」」」


「あのバスは貴方達の仕業ですね?」


「「「………???」」」


「全く…貴方達の世話係から離れ僕はやっと自分の趣味に真っ当できると思ったら、何ですあの事態は!!大胆にも程があります!」


カンさんは何を勘違いしているのか、もしくはしていないのか、顔を赤らめ二人に怒りをぶつける。


「え、いや、何のコト?」


「俺等はこの歳して世話係が要る様な子供じゃねぇよ!」


「え、ソコ?」


何故かゴンさんも興奮している。


「いえ、確実に要ります!確かに貴方達の優秀さには驚きます。仕事は早く、完璧にこなすしますし、重大な仕事においてミス一つした事が無い。仕事に関してのお二人の活躍は、とても羨ましい!しかしですね!?それ以外の事に関しては良い加減すぎるのです!何があったかは知りませんが、貴方達が倒した木がバスに直撃し、その反動で崖から落っこち事故が起きたという事を、僕が勘繰らないとでも思ったのですか!案の定今朝現場を見に行ってみれば、数本の倒れた針葉樹とバスが確認できました。あそこは広葉樹の地帯なので、あれが事故に巻き込まれて倒れた木ではない事は明らかです!」


僕はカンさんの言い分を聞くなり考えた。ゴンさんが倒した木がバスに当たって事故になった。そして僕が乗っていたバスとそのバスは同じ物だろう。つまり僕が事故にあったのは間接的にこの人達の所為なのか。今思えば、この人達の行動は、少しよそよそしかった。人助けという真っ向な善の行為をしているのだから堂々としたら良いのに、と思っていたが、本当は罪悪感からくる優しさだったから、ああいった控えめの応接をされてたんだ。


「…あの、もういいです。僕を匿わなくても。」


「君っ出てきちゃダメじゃないカ!」


「カン、これはだな、あの…その…」


「人間?貴方、もしかして向こう側の者ですか?」


さっきまで顔を赤らめていたカンさんの雰囲気が一気に変わる。その威圧に、コンさんやゴンさんは、何も口出し出来なくなってしまった。殺されるのかな。怖いけど、それならそれで良い気がする。大体、此方の世界に来てしまった時点で、ある程度の覚悟はしていた。短い間だったけど、この世界が僕に向いていない事くらい充分に理解できたからだ。


「はい。そうです。」


そう返事をすると、より一層圧が強くなった。まるでさっきまでとは別人の様だ。


「成程…そうきましたか…。」


と彼が言い終わると、突然何か冷たい物に足を引かれる。慌てて足元を見てみると、それはさっきまで穏やかに流れていた川の水だった。


「何をするつもりだ!」


「話を聞きくんダ、カン!」


二人がそう叫ぶのもお構いなしに、僕は川の中へ飲み込まれていく。全身が水中に浸かり、息が出来ない苦しさに四肢をがむしゃらに動かそうも、流れの強さで全く動けそうに無い。次第に二人の叫び声も、段々遠くなっていった…。

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