第5話 母からの告白
その日、私は有休を使って会社を休んだ。
ハヤトもだ。
朝から二人で区役所に行き、婚姻届けを提出した。
紙切れ一枚だけど、本当に夫婦になったことが嬉しい。
私たちはその足で近所の神社に行き、祝詞を上げてもらう。
私たちの結婚式は今のところ考えていない。
とにかく、夫婦になって二人の生活を始めたかった。
今日、私は実家を出て、ハヤトの家に引っ越す。
二人で暮らすには少し手狭だけど、新しい家がみつかるまではハヤトの1LDKのアパートで一緒に暮らすことにしたのだ。
神社で祝詞を上げてもらった後、ハヤトの実家には電話で報告を済ませ、私の実家に荷物を取りに行く。
春香は仕事でいない。
父は有休をとって家で待ってくれている。
母は専業主婦だ。勿論家にいる。
私は少し緊張しながら家に帰った。
父と母が迎えてくれる。
これで今生の別れというわけではないから、昨日準備した最後の荷物を取ったら、すぐにハヤトの家に帰る予定だった。
母が、帰ってきた私たちにソファーに座るように促した。
いつもの母の雰囲気ではない。
何かそうしなければならない気がして、促されるままにソファーに座る。
私のななめ前のフローリングに母が正座をした。
「夏海、私からきちんと伝えていなかったことを伝えるわ。これが最初で最後だと思って聞いてくれる?」
改まった母の声に私も緊張する。
私は首を縦に振って返事を返した。
「私は良い母親になれなかったわね。ごめんなさい。私はあなたのことを愛しているのよ。ただ、愛し方が分からないの。笑顔もうまく作れないわ」
母はそこで大きく息を吐いた。
続きを話す母を私はジッと見つめた。
目を逸らすことは出来なかった。
「実は私、あなたのお父さんに救われて、愛ってものをはじめて知ったの」
母は今も真顔だ。
こんな時でさえ。
「私の両親は所謂虐待をしていたの、私に」
ここで初めて母が眉間に皺を寄せる。
ハヤトが言っていた、これは涙を堪えるためなのだと。
「私は親に叩かれて罵られて育ってきたわ。そこをお父さんに救われたの。お父さんは優しい人で愛情をはじめて感じることが出来た。お父さんんと結婚して貴女が生まれて幸せだった。でもね、私は両親のようになるのが怖くて貴女にあまり触れることが出来なかったの。もし何かの拍子で叩いてしまったら、私がこの子を傷つける言葉をしゃべってしまったら、、、そんな不安で、、、
貴女が寂しい思いをしているのも薄々は感じていたの。だけどどうすることも出来なくて、、、」
私は自分の鼓動が早く強くなるのを感じずにはいられなかった。
「夏海、寂しい思いをさせてごめんなさい。お嫁に行く今しか伝えることが出来なくてごめんなさい。夏海、私は貴女のことがとっても大切なの。私は貴女のことを愛しているわ。私の娘に生まれて来てくれてありがとう。どうかハヤトさんと幸せになって下さい」
母が私に向かって頭を下げた。
私はいつからか泣いていた。
母が私のことを愛してくれていた。
これは夢だろうか。
私は望まれた子供だった。
私の頬をとめどなく涙が伝う。
ハヤトが私の頭を抱きしめてくれた。
その瞬間、堰を切ったように嗚咽がもれ、号泣する。
父の鼻をすする音と母の嗚咽も聞こえてきた。
私は生まれて初めて母親に愛されていたのだと実感することができた。
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