本音

「おじさんって面白いですね」

「ありがとう」

天気ちゃんは、笑い過ぎで溢れた涙を拭う。

「おじさんの話、聞いてると安心します。こんな人でも、生きていけるんだって」

「ちょっと傷ついた」

「褒め言葉です。ねぇ、もっと面白い話、ありませんか?」

「面白いかは分かんないけど」

 それから、俺は他の好きなアニメの話、運命の人を探しに旅に出た理由、パスポート申請を手伝ってくれた友達のことなど、色々話した。

 時々、天気ちゃんは嘘じゃないかと疑ってきた。証拠が出せたことは、もうそんなになかったけれど、最終的には信用してくれた。

 こんなに嘘を付かずに話したのは、いつぶりだろう。俺は、俺自身が正直者なのだと、全て正直に話しても好かれる人間なのだと、錯覚してしまうくらい、本音だけで話し続けた。


「もう、上野ですか」

「そんなか」

「10分後にはお別れですね」

 天気ちゃんは身支度を始めた。

 もう少し、いいのではないかと言ってみたが、

「折角の東京デビュー、ビシッと決めたいので」

そう言って、彼女はやめなかった。

 とは言ったものの、彼女の持ち物はほとんどショルダーバックに入るほどだ。準備はスマホの充電器をしまう程度で終わった。もしかすると、天気ちゃんも何かしないと落ち着かないくらい、ソワソワしているのかもしれない。

「天気ちゃん、荷物少なくない?大丈夫?」

「ギャルはスマホだけで、1か月は保つんですよ」

彼女は自慢気に鼻を鳴らした。

「そっか。知らなかった」

「……おじさんはもう少し人を疑ったほうがいいです」

「嘘なんだ。薄々、気付いてはいたけど」

 天気ちゃんは下を向いて、ネイルをいじった。少し不安気だ。そして突然、顔を上げ、こちらを直視した。俺の顔は思わず赤くなる。

「実は私、家出してて。これから、ネットで知り合った漫画家に弟子入りしに行くんです」

 やめなさい。とか、親御さんに連絡しなさい。とか、そんな言葉が浮かんだ。でも、彼女がそんな言葉を聞きたくないのは、分かり切っていた。俺も似たようなものだから、分かる。そして、本当に自分が掛けたい言葉も違っているような気がした。

「そっか」

 俺は溜め息を付くように言った。上を見ると、少しくすんだ白い荷物棚がある。目を一瞬閉じ、考えてから口を動かす。

「うん。そっか。気を付けて」

「ありがとうございます。私もおじさんの夢、応援してます」

彼女は安堵したように笑った。

 『次は終点 東京、東京です』

終わりのアナウンスが車内に響く。

「ありがとう。楽しかったよ」

「じゃあ、またどこかで」

 天気ちゃんは立ち上がって、小さくお辞儀をした。まだ新幹線は動いている。それでも、彼女はせっかちな客たちに混ざって、出口へ向かって歩き出した。

 俺はただ座っている。本当は、天気ちゃんと少しでも長くいたかったが、ついて行かないことにした。これ以上一緒にいると、好きになりそうだった。


 『本日は、東海道新幹線をご利用いただき、ありがとうございました。またのご利用を――』

 新幹線が停まってから、荷物をまとめ始めた。また、窓を見る。目がチカチカするくらい、色とりどりの人混み。そこには天気ちゃんらしきギャルはいない。

「何がしたいんだろう、俺」

ほとんど誰もいなくなった車内で、呟いた。

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