3.毒島巌72歳①

 とある早朝のコンビニエンスストア。朝は通勤や通学の客が多く、バイトは二人体制でレジを回していた。そんな中、その男は来店して来た。


 男は雑誌を立ち読みし、それを適当に棚に戻してはまた次の雑誌を手に取って中身を見ていた。時には袋とじを強引に開いて中を見る事もあった。商品も次々と手にとっては雑に戻し、彼が立ち見した後の棚は悲惨な有様だった。


「先輩、またあのお客さん来てますよ。ほら、いつも何時間も立ち読みして、雑誌もぐちゃぐちゃになっちゃって。タバコは「いつもの」で注文して、新人が分からないと怒鳴るし。この間もレジが遅いっていちゃもんつけてきて、新人君が土下座させられたんですよ」

「困ったもんだあのじいさんにも。万引きをするわけではないから警察沙汰にも出来ないしな……。店長もあんな奴出禁にしてくれたらいいんだがな」

「この間それを店長に掛け合ったんすよ。そうしたら、店長ったら何だか弱腰でそれはなかなか難しいって……。目に見えて犯罪行為をしてたら速攻出禁らしいんですけど、あのじいさんかなりのグレーゾーンなもんだから店長にもどうしようも出来ないらしいんですよね。実際、何かしらは買って行きますし」

「何とかあのじじいをこの店に来られなくする方法はないものかねぇ」

「そうだ、先輩、知ってます? 今度『老害対策法』っていうのが施行されて、老害を死刑に出来る制度ができたんすよ。あいつ、通報しちゃえばいいんじゃないですか? 夕方のバイトの人が近所らしくて、名前も住所も分かるらしいですよ!」

「それいいねー! 通報しちゃおうぜ!」

「なら、俺今日この夜勤上がったら早速市役所に電話しておきますよ!」


***


 I市役所に電話が鳴り響く。いつもの朝、いつもの仕事、いつものメンバー。だが、その日は少し空気が違っていた。この日は、老害対策法が適用される初日だった。


「もしもし、I市役所老害対策課です」


 この電話が鳴ったという事は、つまり老害として告発される誰かが発生したという事だ。


 国は、老害対策法を施行するに当たって、各自治体に『老害対策課』を設置する旨を命じた。主な業務は、通報の取りまとめと、対象者への通知、そして対象者の人生をまとめたプロフィールムービーを作る事だった。死刑執行人は国が直接管理しているが、雑多な業務は全て自治体に丸投げ、というわけだった。


「課長~、開始早々来ましたよ。まさか老害対策法の第一号はうちらのI市ですかぁ?」


 電話を受けた男性職員の佐伯が間抜けな声を出している。彼は動画を作る趣味があり、そのスキルを買われて市民課から老害対策課へ異動になった。


「コンビニで迷惑行為をするじいさんを告発したいそうですー」

「そんな些細な事で?」

「店を出禁にすればいいんじゃないすかねー」

「店としてはことなかれ主義なんだろう」

「あー、やっぱ老害第一号はうちのI市なのかぁ。他の役所にも電話来てたら一号にならずに済むんすけどねー」

「最初の死刑適用者を我がI市から出すのは気が引けるから……佐伯、対象者のプロフィールムービー気合入れて作れよ」

「本当に老害ジジイだったらどうするつもりっすかぁ……てか、プロフィールの取材には誰が行くんすか?」

「お前に決まってるだろう。あ、相川も連れて行け。あいつは柔和な笑顔と物腰で年寄りの空気を和ませる才能がある」

「相川あずさ先輩っすかぁ。あの先輩かーわいいですよねー」

「バカな事言ってないでさっさと働けよ」

「はーいはい」


 佐伯はこの時はこの仕事を軽いものとして見ていた。「老害審判だなんて言っても、国民がそうそう死刑を求めるわけがない」と思っていたのだ。


 しかし、その浅はかな読みはこの後完膚なきまでに叩きのめされる事になる。そして、この審判は彼の人生を大きく揺るがすものとなっていくのである。

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