第2幕 推しを守り隊

第5話 危うく

 何度も列に並ぶねっとり男性。


 運営に「この人危ないですよー」と言いました。


 勿論誰も反応してくれませんでしたが。


 うーん。


 困ったな。


 これじゃあ鞠っちになにかがあったとき、なにもできない。


 そこら辺にいるかもしれない幽霊に助けを求めようか。


 って、いるのか?


 少なくともこの会場にいるのは私だけ。


 外に出れば……という淡い期待は、いとも簡単に打ち砕かれた。


「お疲れ様でした」


 着替え終わった鞠っちと一緒に外に出る。


 因みに、着替えは覗いてないから。


 ホントにホント。


「おーん」


 推しのうなじを視界の端に入れつつ、キョロキョロ周りを見渡す。


「いねぇな!」


 幽霊になってから口調が荒くなっている気がするけど、今はどうでもいい。


 別に誰かに聞かれるわけじゃないし。


「どこですかー幽霊さん」


 幽霊が幽霊を探す姿って割とシュールだと思う。


「地縛霊ならいそうなもんなのに」


 いない。


 全くいない。


 華の金曜日だから、幽霊は休業中なんですか?


 んなわけねえよな。


 赤信号で立ち止まった鞠っちの周りをクルクル回る。


 うん、美人。


 ちょっと疲れをにじませた表情も素敵です。


「うへへ」


 何回見ても飽きない美人さん。


 見蕩れていると、彼女の後ろに全身黒の、


「あっ」


 握手会にいたねっとり男が現れた。


 と思ったら、


「わっ」


 鞠っちのカラダは車がバンバン通る車道に突き飛ばされた。


「危ない!」


 咄嗟に彼女の服を引っ掴む。


「痛った」


「大丈夫ですか?」


 しりもちをついた鞠っちに、周りにいた人が声をかける。


 いつの間にか全身黒男はどこかへ消えてしまっていた。


「すみません、大丈夫です」


 幸いなことに少し手を擦りむいたぐらいで済んだらしい。


 彼女は立ち上がり、ちょうど青に変わった横断歩道を歩き始めた。


「無事でよかった」


 あと少しで大事故になるところだった。


「てか、掴めたよね。さっき」


 鞠っちの背後を守るように歩きながら、手を閉じたり開いたりしてみる。


 どういう原理かわからない。


「うーん」


 それよりも今大事なのは、あの男がただのねっちこいキモ男ってだけじゃなく、大切な推しに危害を加えるヤツだってこと。


 警察に突き出したいところですが、


「私、幽霊だからなあ」


 ため息をつくしかない。


 まぁ、当分は私が守ればいっか。


 そう自分を納得させ、彼女に憑りついて推しの家に向かったのだった。

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