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出発
お嬢様は私を連れて何処かへ向かっていった。多分先程言っていた仕事場だろうか?
しばらく進むと、そこはレストランのような外観の建物だった。私はお嬢様が住む場所以外を見たことがない。つまり、今回が初めての外出だ。外は武骨な石造りの道だった。
「岐路さんいますかぁ?」
返事はない。
「じゃあ、行こう!」
返事は無かったがいいのだろうか?私はお嬢様に無言で付き従う。
「それじゃあそこ座ってね。私は立っていますとかなしだから。」
ズカズカと上がり込み適当なテーブル席に座る。
思考を読まれたのか、渋々私もお嬢様の対面に座る。
しかし、どこからどう見てもレストランだ。それも家族で来るお手軽なところの。
ふと、目を向けると机の端に呼鈴の様なものがあった。何気なく目の前に持ってくると、それは銀色の台座に赤い押しボタン、そのボタンには"押すな!"と書かれていた。
「お嬢様これは?」
「んー?押すなって書いてあるから押さなくていいんじゃない?」
レストランの食事のメニューが書かれているような物を頬杖をつきながら見ていた。
「…そうですね。」
お嬢様が押さなくていいと言うならそうなんだろう。
「………………。」
「………………。」
お互いに沈黙が流れる。お嬢様に仕えてかなりたつが、お嬢様がここまで静かなのは初めてだ。
体感として一時間ほどはたっただろうか。
「もおぉ!!何で押さないの!」
突然、お嬢様が机を叩きながら不機嫌そうな顔をして声を上げた。しかし、力が弱いせいで、効果音でペチペチとなりそうな叩き方だった。
「先程、お嬢様が押さなくていいとおっしゃったので。」
「それは、フリよ!フリ!」
「はぁ?」
訳が分からず間の抜けた声を出してしまった。
「もう。普通は押すなって書かれてたら人は押したくなるって岐路さんが言ってたのにぃ!岐路さんの嘘つき!」
私の場合はお嬢様に確認を取ってのことだったので、と言いかけたがめんどくさくなりそうだったためやめておいた。
それよりもここを訪ねた時も言っていた岐路さんであるが、お嬢様は件の押しボタンに向かって叫んでいた。
「お嬢様?何をされているのですか?」
「むぅー!喋ってよ!私が変みたいになっちゃうじゃない!」
お嬢様が涙目になってそう言うと、押しボタンがカタカタ、と一人でに動き出した。
私が驚いて声が出せないでいると、
「ハッハッハ、お主の従者は真面目だのぅ。」
喋り出した。押しボタンが。その声は好々爺の印象を抱くおじいさんの声だった。どっから声が出てるんだ?
「お主は久しぶりだの、それと初めまして従者殿。」
「こ、これは丁寧に、こちらこそ。」
どうやらドッキリの様なものをしたかったのだろう。悔しそうにお嬢様が声を上げていた。
私はその押しボタンにお辞儀をして返す。世の中、不思議なこともあるものだなぁ…
「ゆっくりと話したいがそれはまた今度で、お主の主を借りてくぞ。」
「はい、どうぞ?」
何をするのだろうか?少し不安になる。
「なぁに、心配するでない。こやつが一人前になるための任務の監督をして欲しいと頼まれたんじゃ。だから、待っとってくれ。」
お嬢様を指差しながら優しく話す押しボタン。じゃなかった、岐路…様の方がいいか。
「あなたはここで待っててね。」
お嬢様は少しむくれながら、話す。
「はい、分かりました。」
最初に説明してほしかったが、まぁいいだろう。
「よし、ハディード!後は任せた!」
岐路様が叫んだ後、お嬢様と岐路様は店の奥に行ってしまった。
そのかわりに、奥から出てきたのは女性だった。体は白くキレイであるが、身に付けている衣服が、ボロボロの布切れだけという、アンバランスな人だった。
ハディードと呼ばれた女性は厨房のような場所で手を動かした後、私の机にカップを置いた。この匂いは確か…ジャスミンティー、だったかな?
「ありがとうございます。」
私が礼を言うと、彼女は何も言わず、お辞儀をしただけだった。
彼女は喋れないのか、無口なのか分からないが、私もそこまで自分から喋ることが無いため、お二人が帰ってくるまで部屋は静かだった。
「お二人ともお帰りなさい。」
私が奥から出てきた二人を見て、お辞儀をすると、ハディードさんもお辞儀をしていた。
「準備はバッチリよ。」
お嬢様が胸を張るように言う。
「お主も準備は出来たか?」
もう始まるのか!心の準備が…。
もしかして、さっきのジャスミンティーってそのための物だったのか。
「ハディードさん。先程のお茶、美味しかったです。」
私はそう言って、頭を下げると、
「おぉ!ハディードの口角が二ミリも上がった!」
岐路様が嬉しそうに声を上げ、ハディードさんの傍で跳ねていた。
その違いが分かるのは長年一緒にいるからだろうか?岐路様がハディードさんの所に行ってしまったため、お嬢様が話を続ける。
「とある場所に行ってもらうわ。あなたには、特別な力を授ける仕事の手伝いをして欲しいの。」
「具体的には?」
「あなたが、この人ならば信頼できるという人を見つけてくれればそれでいいわ。私はあなたの目を通して、同じ物を見聞きするからそのつもりでね。」
ちょっと緊張する、いうか恥ずかしい。
主に私の行動が監視されるのか………まぁ、いいか
「私が見込んだあなたの意見なら、私も納得するからね。」
「分かりました。」
「それじゃあ最後に、名前を決めておかないとね。」
「名前…ですか?」
「そうよ名前よ。私達まだ名前が無いじゃない。まあ、本来は一人前の証として名前を授かるのだけれど、無いと不便だと思って。」
………あっ。言われてみれば確かに、ずっとお嬢様しかいなかったせいで、名前を呼ぶ機会が無くなり、頭から抜け落ちていた。
「うーんと。そうねぇ…あなたの元の名前は何だっけ?」
「元と言うか…まあ、それなら◯◯ ◯ですね。」
「それなら、……」
「今度こそ、いってらっしゃ~い!」
「はい。行ってきます。」
「気負わず気楽に行くんじゃぞぉ~。」
初めてのことで不安は募るばかりだが、それよりも何が起きるのか、どんな景色が見れるのか楽しみな自分がいた。
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