第10話
「聞いたか。お前の家族は妖刀が怖くて抜けないらしい。それならこの妖刀はお前のものだ。妖刀を抜いてこいつらに見せてやれ。お前がこの妖刀『落椿』に気に入られた真の所有者だと」
桃花は油断していた義母を突き飛ばすと香雪に向けて走り出す。背後から怒髪天を衝かれた義母が桃花を捕まえようと手を伸ばすが、すんでのところで見えない盾に弾かれる。香雪か妖刀に宿る海石榴が守ってくれたのだろう。弾かれた際の鈍痛が疼くのか、義母は伸ばした手を押さえながら声なき声を上げたのだった。
「お母様!!」
「早桐!!」
家族の視線が義母に向かう中、桃花は手を伸ばして勢いのまま妖刀を受け取ったものの、足がもつれて倒れそうになる。香雪に支えられてどうにか体勢を整え、鞘から妖刀を抜いた瞬間、桃花たちを中心に華やかな甘い香りが広がると、刀身が怪しく光り出したのだった。
(な、なにっ!?)
昨日抜いた時とは明らかに様子が違う妖刀に桃花は何度も瞬きを繰り返す。誰もが目を離せずにいると、妖刀から海石榴が姿を現したのだった。
「ひぃぃ……! 鬼が増えたぞっ!! 」
「なによ。あれが妖刀の正体だと言うの……!?」
「父上、早映姉さん。気をつけてください。あの鬼、妖刀に封印されていた時とどこか違います。本当に生きているかのような妖力を放っています」
「さすがに弟は気付いていたか。だがその様子だと海石榴を見るのは全員初めてのようだな」
得意げに胸を張った香雪は家族に向けて妖刀を構えた桃花の肩を抱くと、「もういい。降ろせ」と耳元で囁く。その言葉に従って構えを解いて鞘に戻すと、桃花を守るように海石榴が家族の前に立ち塞がったのだった。
「つ、海石榴だと……!?」
「お前たちの先祖が誘拐して刀に封印した俺の妹だ。名前くらいは知っているだろう。『落椿』なんて洒落た名前をわざわざ妖刀につけるくらいだからな」
落椿――妖刀に堕ちた海石榴。それがこの妖刀の由縁なのだろうか。これまで桃花も深く考えたことがなかったが、海石榴の魂を妖刀に封印した狩谷家の先祖は、自らが打ち取った鬼の名前を記念として妖刀に名付けたのかもしれない。
「海石榴。どうする。お前は自分を妖刀にした狩谷一族を憎むなと言ったが、桃に酷い扱いをした狩谷一族を憎むなとは言っていない。お前はこの家で桃に酷く当たるこいつらをずっと見てきた。お前たちが望むのなら、こいつらを消し炭にしてやってもいい」
その言葉を合図に香雪の掌に鬼火が生じる。すっかり及び腰になった両親を庇うように弟妹たちが桃花たちの前に立ち塞がるが、それとほぼ同時に振り返った海石榴が左右に首を振る。次いで二人から促されるように視線を向けられた桃花も同じように首を横に振ったのだった。
「香雪がそんなことをしなくていいです。海石榴ちゃんも」
「いいのか。ずっとお前を苦しめて、妖刀の生贄にさえ捧げようとしていた奴らだぞ」
「もういいんです。だって香雪が新しい居場所をくれて、家族さえ扱えなかった『落椿』の所有者だって知れただけで、充分心が満たされました」
ずっと父に必要とされたいと思う反面、桃花は心のどこかで自分はこの家の荷物じゃないかと思っていた。だからこそ妖刀を扱って、鬼を退治できれば、自分はこの家にとって必要な存在になれるんじゃないかと期待していた。家族と対等かそれに近い存在になれるのではないかと。
でも実際は違っていた。家族の誰も出来なかった妖刀を抜いて、真の所有者になれた時点で、桃花は家族のずっと上の存在になっていたのだ。
これまで家族には散々酷い目に遭わされ、悲しい思いや辛い思いもたくさんした。育ててもらった恩はあるものの、それさえも相殺されるような命の危機に遭わされそうになった。妖刀の生贄という死と隣り合わせの危険と――。
ただその結果、香雪や海石榴と出会い、新しい世界に連れて行ってくれるという香雪の手を取ろうと思えた。桃花の中で今までがんじがらめになっていた何かが解かれて、変われたような気さえしたのだった。
「香雪はさっき言っていました。この家は地に堕ちたと。それならここで私たちが直接手を下さなくても、いずれ再起不能なまでに地に堕ちます。貴方があえて手を汚す必要はありません」
「そうか……。二人がいいなら、それでいい。これ以上の長居は無用だ。帰るぞ。俺たちの家に」
そう言って香雪が指を鳴らすと、どこからともなく牛車が庭に飛んでくる。半透明の牛が曳く全体的にどこか古びたようにも見えるこの牛車は、朧車と呼ばれているあやかしだろうか。駆け出していった海石榴が危なげなく朧車に乗り込むと、今まで何も書かれてなかった簾に嬉しそうな年嵩の男の顔が現れる。
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