Episode 60 これは俺の戦いだ!
ライアンの突然の発言内容に、タカトは口を閉じたくても閉じられない状態になっていた。
「……今……何て……!?」
「私は君の実父だと言っただけだが?」
タカトに衝撃を与えた発言主は、それが一体どうした? とでも言いたげな顔をしている。言われてみれば、この二人、似ているところがなくもない――太い眉に整った顔立ち、そして、移植前のタカトの瞳はライアンと全く同じ暗褐色だった。それなだけに、生理的嫌悪感が身体中を駆け巡る。その感情は耐えに耐え切れず、腹の奥から口をついて飛び出した。
「適当なことをほざいてんじゃねぇぞくそったれ! 俺には親なんかいねぇ! 遠い昔に山から落ちたと聞いている!」
自分は幼い頃に両親を亡くし、施設で育った。
施設長にそう聞かされて成長した。
何一つ知らされず、平凡に平和に生きてきた。
もし、この男の言うことが真実だとしたら……己の身体には、考えるにはおぞまし過ぎる血が流れていることになる。吐き気を催しそうだ。
博士は、混乱しているタカトを、下から舐め上げるような目付きをしながら答えた。口角を片方だけ上げ、余裕のある笑みを浮かべている。
「私の話を聞いてなかったかね? タカト。私は君の遺伝子一つ一つまで全て把握済みだと」
「!!」
「君の移植眼のことを調べた際に、DNAの情報も全て調べさせてもらった。私と君は遺伝的繋がりが九九・九パーセントの確率だと出ている。これでも私を嘘つき呼ばわりする気か?」
これまで数年に渡ってルラキス星で起き続けた事件、それの全ての元凶とも言える男が実親。信じたくもない事実が、タカトの心臓を抉り、ぐさぐさと串刺しにし続ける。
(そ……んな……俺の……実の親が……アイツの両親と恋人を殺した……!? )
ディーンは隣に立つ相棒の目を静かに覗いていた。いつもと変わらないその視線は、自分を案じる気持ちが籠もっていて、真っ直ぐに伝わってくる。そんな彼の視線をタカトはまともに見ようとはせず、視線を思い切り反らした。それに対し、ディーンは無言のままで視線を動かさなかった。
そのままの状態で数分が過ぎてゆく。
自分は悪いことをしたわけではないのに、相方の目を見ることがどうしても、出来ない。
「………」
そんな、やり場のない怒りを抱え込んだタカトに気付いているのか不明だが、ライアンは輪をかけて畳み掛けてくる。
「巨大ムカデ型の〝ポダルサD3〟や飛行型の〝プティノKK5〟に巨大鮫型の〝ガレオスFO6〟……これまで作り上げてきた私の傑作アンストロンを、どれも台無しにくれたな。息子よ。あと完成したばかりの恐竜型である〝ディノサヴロAT9〟と巨大蜘蛛型の〝アラフニGF2〟まで、よくも……」
「……」
「まさか、実の息子が私の研究の邪魔をしていたとは思わなかったがな……この親不孝者めが!」
「うるせぇっ! 今まで親らしいことを何一つしてこなかったクセに、何を今更……! 勝手に親父ヅラしてるんじゃねぇよ!!」
タカトは、腹の底から吐き出すように叫んだ。こんな人間が自分の実の父親だなんて、受け入れることは出来ない。それなのに、DNAの二重らせん構造は、逃げたくても逃げられない現実を突きつけてくる。
「父親が子を利用して何が悪い」
「くそったれ! あんた、その考え方自体がおかしいということも認識出来ねぇのかよ? 人間の風上にもおけねぇ最っっ低な野郎だな!」
「ふん。ロクに世間を知らない青二才が一人前に吠えるな。利用すべきものはなんでも利用する。それは別に研究だけでなく、今生きているこの世界のどこでも同じだ。そうしないと生きていけないのだからな……!」
どこか痛みを抱えたような表情を一瞬ちらつかせたライアンはそれに……と言葉を続ける。
「ジョーイの息子達が生きていると知って、どうせ力のない子供だからと最初は野放しにしていた。だが、まさか父親の事件の真相を解明しようと、嗅ぎ回るようになるとは思わなかった」
「……」
「だから、私は〝狼〟となったディーンの牙を徹底的にへし折ることにした。手練れを使ってな!〝セーラス〟は二人体制という、大変融通の効かないシステムを導入しているから、非常に手間がかかった。流石に〝
それを聞いたディーンは、腹の底から怒りの炎が、噴火寸前のマグマのようにこみ上げてくるのを感じた。やはり、そうだったのだ。スカーレットを含め、自分のバディ相手だけが、何故か次々と殉職し続ける理由……仕組まれていたことに合点がいくと同時に、最初から自分も狙われていたことに末恐ろしさを感じていた。
「だが、お陰で良く分かった。君達を生かして置くと、ロクなことにならないことが……」
「やっぱり、ルラキス星のためにも、あんたを生かしておくわけにはいかねぇ……!」
「ふん。職務上人間に手出し出来ないくせに、私に手を下すつもりか?」
「……!」
動揺と怒りのあまり声が出ないタカト。ディーンの大切な者達の生命を奪った犯人が目の前にいるのに、警察ではないため、捕まえることすら出来ない。そして、相手が人間であるという都合上、手を下すことも許されない。これで一体どうやって彼の無念を晴らせるのか。
その時である。ディーンの〝レティナ・コール〟がなった。既にオンの状態であったため、彼はすぐ通信に答えることが出来た。
『〝リーコス〟! 喜べ!! やっと……やっと見つけたぞ!』
『!? ジュリアがいたのか!?』
『ああ。まさか隠し部屋の中とは思わなかったよ。めちゃくちゃ分かりにくいが、君の後ろの壁の中にある部屋だ……て、おっと、まだだ。落ち着けよ?』
『……』
『中に入って直に確認したいだろうが、何故か戸がどこも開かないようなんだ。ちょっと待ってろ。俺が戸の開閉システムを
その言葉を言い終わるか終わらない内に、ディーンの背後から突然ビシビシビシッと、火花が弾け飛ぶ音が聞こえた。その方向へと急いで向かった彼は、ドウェインの言う、一見何の変哲もない一つのタイルを押した。すると、隠し扉がくるりと回転し、戸が開いた。
その部屋は、壁も天井も床も機材も全部無味なセメント色で、中にはたった一台の手術台しか置かれていなかった。駆け込んだディーンは、探し続けていた妹の姿を見付けたのだった。
「ジュリア……!!」
その台の上でジュリアは、真っ白なシーツの下でぐったりとしていたが、命に別状はないようだ。着衣の乱れもなく、傷一つついた様子もない。額に手を当ててみると、熱もなく至って平熱だった。眠り薬を飲まされたのか、ただひたすら眠り続けているようだ。連れ戻した後、急いで病院に連れて行かねばならないだろう。
「ジュリア……ああ……ジュリア……ッッ!!!」
ディーンは妹を助け起こすと頬ずりをし、その身体を強く掻き抱いた。目を閉じたまましばらくそのまま動かず、ただひたすらに彼女を抱き締めていた。無事な姿を目にして心底安心したに違いない。広い背中が小刻みに震えている。その様子を見たドウェインは、背景と同化したままやれやれと安堵のため息を付き、タカトに声を掛けた。
『そうそう、他の拉致被害者達は全員無事にこの建物から脱出させたから、安心して良いぞ。采配と援護はシアーシャに任せている』
唯一行方不明だったジュリアも無事に保護し、本来の彼らの職務を全う出来るのも後少しである。
と、その時である。戦車で壁が破壊されたような音が轟き、後から追ってくるように地響きが聞こえてきた。
「!?」
「ふふふ……ここまで秘密を知られて、君達、生きて帰れるとは思うまいな……!」
「てめぇ、性懲りもなく、一体何を企んでいる!?」
「企むもなにも、警備の都合上内部まで侵入された場合、その隠し部屋を開けたらこの建物が崩壊するシステムになっている。そのシステムが今発動した」
――なんだって!?
地震のような地響きが止まず、壁にヒビが入り始めた。早く脱出しないと、この部屋にいる全員の生命が危ない!
いつの間にか、長白衣を来た男は忽然と姿を消していた。一メートルほど先にマンホール状の蓋が開いており、空間が見える。地震に気を取られている間に、その抜け道を使って脱出したに違いない。何て卑怯な奴なんだ!
「ドウェイン。この部屋の近くにロバート達が控えているんだろ?」
「ああ、その通りだ」
「ディーンとジュリアちゃんを頼む。この建物から早く抜け出せるように、ロバート達にも援護を頼めるように伝えてくれ」
「〝レオン〟!?」
顔を上げたディーンに向かって、タカトは意を決した表情を見せた。彼らの間で、真摯な視線が交わされている。タカトが何を考えているのか瞬時に察したディーンは、それを止めようと必死だった。タカトは痛いほど伝わってくるそれを、静かに受け止めた。それを理解した上でも、己の意思を変えることはなかった。
「〝リーコス〟お前は妹の傍にいてやれ。ここから先は俺が一人で行く!」
「〝レオン〟!!」
「あの男……!! 絶対に逃しやしねぇんだよ!!」
タカトの瞳は、翡翠色に金色の光が入り混じり、複雑な輝きを放っていた。誰にも止められない、頑なまでも曲げられない、信念の輝きだ。
「これは俺の戦いだ。誰にも手出しはさせねぇぜ!!」
彼はそう言い残すと、ディーン達をその場において、ライアンが使ったと思われる抜け道へと身を躍らせ、闇の中へと消えていった。
(ディーンのためにも、母星のためにも、これまでの因縁と、全ての事件のオトシマエはこの俺がきっちりとつけてやる!)
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