Episode 61 避けられぬ戦い
ライアンが通り抜けていったと思われる抜け道は、まるで土管のような形をしていた。薄暗い、どこか湿った臭いが広がっている。その中をタカトはただひたすらに追いかけていた。
(くそっ! 一体どこへ行く気だ!? )
やがて地上ヘ出ると、目の前に大きな倉庫のような建物が現れた。研究所に隣接しているところを見ると、文字通り材料や燃料といったものの備蓄庫のようなものなのかもしれない。その壁は灰色のコンクリート製のようだ。そこへ、深い緑色の滑らかな苔がしっかりと貼りついている。長白衣の男は、重く錆びついてそうな扉から建物の中へと吸い込まれていった。
息を軽く切らしながらライアンに続いて中に入ってみると、のっぺりとしたコンクリートの壁には、何かの配線や鉛管が走っていた。メーターやジャンクションボックスが点在し、様々な機械が置いてある。謎の無機質な機械音が建物内に響き渡っていた。タカトは博士の姿を認め、その動きを制止するように叫んだ。
「てめぇ! このまま逃げるつもりか!?」
「……そのまま逃げれば助かっただろうに。私をわざわざ追いかけて来たのか? 変わったヤツだな」
「このままてめぇを逃がす気はさらさらねぇ! どんな事情でも、てめぇがルラキス星の市民を死に至らしめている重犯罪人だということに、変わりはねぇからな!」
最初呆れた顔をしていた博士は、やがて真正面から射抜くような視線を投げ付けてきた。漂う雰囲気は、ぬかるみにはまったような、重だるい感じだ。
「お前に……お前なんかに一体何が分かる? 研究業界は、一早く結果を出し、業績を上げた者のみが日の目を見る、過酷な世界だ。幾ら仮説を立てて実験計画を組んでも、その結果は思い通りにはならないことがほとんどだ。正解というものがないからな」
「……」
「いくら神経と時間と資金を注いでも、長い年月かけてしても、結果に結び付かず、水の泡になることも数しれない。そうやって苦節をかけ、自分の手で丹精込めて作り上げた結果を眼の前で横取りされた者の気持ちが、お前なんかに分かってたまるか……!」
博士から突然怒りをぶつけられたタカトは、何の返答も出来なかった。細かい事情は良く分からないが、彼なりに色々理由があるに違いない。それでも、気持ちの中に火を吹き付けられたような痛い思いが、胸の中で息巻いている。その時、病院で相棒が寂しげに吐露したことを思い出した。
――君に一体何が分かるんだ? 自分の生命を捨ててでも守りたかった者を、守れなかった人間の虚しさなんて……――
生命がけで奮闘した結果、思い通りの結果が得られず、それどころか全て最初からなかったことにされてしまう虚しさ……程度や内容は全く違うが、今自分の目の前に立つ男も、恐らくディーンとは違う形で、虚無感に突き落とされるような思いをしたに違いない。
無言のまま返答できずにいるタカトを一瞥した後、博士は長白衣のポケットから一本のシリンジを取り出した。五ミリリットル位の液体を吸い上げられる位の、細いシリンジである。その中には炭のように真っ黒な液体が入っていた。
「お前達が邪魔をして、せっかく集めたモルモットを逃してしまった。今までアンストロンにしか感染出来なかったメタラ・ウイルス。それを改良したものを人間に感染させ、アンストロンと人間の能力をミックスさせた機能向上型アンストロンを作り出すという、世紀の大発見になる可能性も充分あったのに。私自身で試すしかもう手がない……」
「な……!?」
相手が何をするつもりかが分かったタカトは、騒然となった。ライアンは自分自身を実験台にする気だ!
「アンストロンのみならず人間の能力を強化出来るまで昇華させた、メタラ・ウイルスの力を見せてやろう。篤と見るがいい!!」
「止め……!!」
タカトが止める間もなく、ライアンは手に持ったシリンジの針を左腕に刺した。
フランジに指をあてつつプランジャーを押し、外筒内にある真っ黒な中身を体内へと注入する。
空になったシリンジを思い切り投げ捨てると、突然真っ黒な光が目・鼻・口・耳から溢れてきた。
彼の周囲を、黒い光と黄色の光が包みこんでゆく。
そして黒い雷が周囲に落ちてきて、まるで艦砲射撃みたいな轟音が続いた。
その中央から、耳をつんざく獣のような雄叫びが響き渡ってきた。
「グアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
「!!」
突然目の前で爆風が巻き起こった。
周囲に置いてあった重そうな機械類が、まるで紙くずのように飛ばされ、転がってゆく。
両腕で顔を庇い、後方へ飛ばされぬよう必死に堪えたタカトは、目の前に現れたものに唖然となった。
風が吹き止み光が消え失せると、全身を金属製の真っ黒なアーマーで包まれたような、身の丈二メートルを超えた男が佇んでいた。口元しか露出していないので、表情が全く読めない。
(ええっと……これって……まさか……サイボーグみてぇなヤツ!? )
タカトがこれまで対峙してきた相手は、メタラ・ウイルスによって凶悪化したアンストロンだった。
今対峙しているのは、遺伝子変異させたメタラ・ウイルスを人間に感染させたパターンだ。
いわゆる、逆にしたパターンだろう。しかし、どういう状況であれ〝人間〟である以上、自分は何も出来ないことに変わりはない。それに対し、ライアンは機械音のような声で彼を挑発した。
「先程見セテヤルト言ッタダロウ。ドウダ? カカッテコナイノカ?」
「な……!?」
「コノアーマースーツニハ、アンストロンノ〝コア〟成分ガ使ワレテイル。私ハ最早人間デハナイ。気ニセズトモ、相手ニナレルゾ」
(いくらなんでも、あんまりじゃねぇか!? どういう人間だろうと、実親に向かって銃口を向けさせるだなんて非常識にも程がある……! )
複雑な思いがするが、自分の責務である。
執行するしかない。
タカトは亜空間収納からマグナムを出し、銃口をゆっくりとライアンに向けた。
勇気を振り絞って何とか引き金を引く。
何回か連続した銃声が鳴り響いたが、相手には銃痕一つ残らなかった。
(な……!?)
翡翠色の目を大きく見開き、唖然とした表情をする〝息子〟に向かって、ライアンはニタリと口元に余裕のある笑みを浮かべた。
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