Episode 59 牙を剥く狼

 何かが破壊される音が轟いた途端、タカトの網膜を突き破ろうとしていたニードルの影が、一瞬にして搔き消えた。

 それと同時に、己の上に伸し掛かっていた身体が、後方へと吹き飛ばされている。

 良く見ると、長い足による鮮やかな飛び蹴りが、長白衣のそのみぞおちへと華麗に直撃していた。

 その後、数秒置かず銃声が鳴り響き、タカトの手足を戒めていた拘束具が、瞬時に木っ端微塵となる。それと同時に、長白衣が吐瀉物を撒き散らしつつ、冷たい床へ叩きつけられるのが視界に入った。


「がはぁ……っっ!?」

「……!!」


 タカトが反射的に飛び起きると、漆黒の広い背中が彼を庇うかのように立ちはだかっていた。その右手には、いつもの愛銃が握られている。標的を撃ち抜かんとばかりに、銀色の眼光が鋭い。


「遅くなってすまない。大丈夫か?」

「ギリギリセーフだった……って、お前どうしてここが分かった!?」

「ドウェインが誘導してくれた。詳しい話は後でだ」


 ディーンは向き直ると、標的の額へと銃口を静かに向けた。


「……答えろ。僕の妹の居場所はどこだ?」


 ライアンはディーンの一撃を食らった腹を押さえつつ唇を手の甲で雑に拭い、落ちていた眼鏡を拾ってかけ直していた。目元を若干苦悶に歪めていたが、その口元には薄っすらと笑みを浮かべている。その顔を見たディーンは身体を硬直させた。まるで感電したかのようだ。


「くっ……誰かと思えば〝狼〟か。〝獅子〟を助けに〝狼〟が現れた……くくく……これは愉快だ……」

「……そ……んな……!?」

「ふふふ……良い表情をしている。久し振りだな……ジョーイの息子よ」


 ディーンは言葉を失ったままだ。

 己の父をその愛称で呼ぶ人間は限られている。


「……ライアン・アナトレイ……!?」

「!? このオッサン、まさかお前の知り合いか!?」


 相棒の雰囲気の変化に気付いたタカトは袖を強くひいた。だが、ディーンはそれにさえ反応出来ない状態のようだ。


「ふふふ。あれから何年振りだ? あの時はまだ小さかったが、そうか、もう二十四だったか。立派になったものだな、ディーン。益々ジョーイに似て、逞しくなったものだ」

「……」

「ジョーイは本当に良い奴だった。ああ、本当に。研究者としても素晴らしく、性格も温厚で人望もあって、誇るべき友だった。……ただ、私の邪魔さえしなければもっと良かったのだがね」


 それを聞いたディーンは、切れ長の瞳を見開いた。その表情をライアンは満足そうな笑みを浮かべつつ、味わうかのように見つめている。まるで、とっておきのスコッチウイスキーを披露しようとしているかのような目付きだ。


「邪魔……? まさか……!?」

「察しは良いようだな。ジョーイの息子よ。君の父親を消した張本人は……私だ」

「……!?」

「あの男も愚かなことをしたものよ。私の邪魔さえしなければ、もっと名誉を残せたというのに……」

「……!!」


 ライアン・アナトレイとジョセフ・マグワイア。

 二人は元々アストゥロ市にある研究所所属の研究者だった。共にアンストロンに関わる研究をしていており、甲乙つけがたい優秀な研究者だったのだ。

公私ともに仲が良く、家族ぐるみの付き合いもあった。休日はバーベキューやらホームパーティーをして、互いの家を行き来していた位だった。


 しかし、ある時を境にして、ライアンはすっかり人が変わってしまった。彼の妻が病死した後、その悲しみに輪をかけるようにして、自分の研究成果をラボのボスに奪われたのだ。それ以降、彼はアンストロンの独自開発・機能更新への研究に執着を持ち始めて以降、寝食を忘れ研究へと没頭してゆく……。


 その変化にいち早く気付いたジョセフ・マグワイア博士は彼を止めようと何度も心を砕いた。友人を間違った道へ暴走させないように、歯止めをかけたかったのだろう。しかし、それが彼の人生を変えてしまうきっかけになるとは、思いもしなかったに違いない。ジョセフの思いを次第に煩わしく感じ始めたライアンは、自分の研究材料として、友人を実験台にしてしまったのだ!


「まさか、あの時はここまで良好な結果が出るとは思わなかったよ。勿論、正式な実験記録としてきちんと残してあるぞ。『メタラ・ウイルス』を用いた初実験としてな! ありがたく思え。君の父君はこうして、私の映えある研究に役立ってくれた訳だ……非常に有意義なことだ……ふははは!!」


 ――今から七年前に起きた交通事故。当時、まだ名前さえ決まってなかったのだが、それはライアンの手によって仕込まれた「メタラ・ウイルス」によるものだった。博士のスイッチ一つで、マグワイア家のアンストロンに感染したウイルスが〝ラティオ〟を破壊し、リビテート・カーを暴走させ、追突事故を起こした。表向きアンストロンの不具合によるただの事故案件とされたが、完全なる他殺だったのだ。


 高笑いをするライアンを、ディーンはきつく睨み付けた。まさか、父親の友人が、しかも懇意にしていた筈の友人が犯人だとは思わなかった。こんな男のために、自分の両親が犠牲となった。そして、現在妹まで巻き込まれている!


「もう一度言う。妹はどこにいる?」

「妹? ああ、ジュリアのことか。益々美しくなったな。彼女を見ていると、君達の母親を思い出すよ」

「良いから早く答えろライアン! 彼女はどこにいる!!」


 タカトは背後より、声を荒げる彼の両腋の下から二本の腕を瞬時に通し、強く締め付けた。彼の冷静さを失わせないようにするのに必死だった。ディーンの身体は小刻みに震えている。羽交い締めでもして食い止めておかないと、彼は相手を本気で食い殺しかねない。


 職務上、自分達は人間に手を出せない。手を下せるのはアンストロンのみだから――


 密着した身体から抑えきれない彼の驚きと憎しみと怒りが、痛いほど伝わってくる。でも、自分は何もしてやれない。それがただ悔しくてならなかった。


 (こらえろ! ディーン!! )


 自分の親を殺した犯人が、まさかの顔見知りだったとは、一体誰が思うだろうか? しかも懇意にしていて、自分も良く知る相手。その上、実験台にして殺したなど、ぬけぬけとほざいている。彼は一体どれだけ壊れているのだろう?

 

「まぁまぁ、そう急くな。彼女は別室で眠っている。殺してはいないから安心するんだ。あらかじめ言っておくが、彼女には何もしていない」

「……」

「君の妹には特別に体験してもらおうと思って、準備しておいたのだよ。本当はそこにいる〝獅子〟に一足先に体感させようと思ったのだが、檻を壊されてしまったからね」

「うるせぇ! 勝手に人を実験台にするんじゃねぇよオッサン!!」


 ディーンを開放した後、牙をむき出しにするかのようにがなり立てるタカトを眺めつつ、何を疑問に思ったのか、ライアンは首を傾げた。

 

「ほう……君には分からないのかね。己の子に自分の取っておきを、真っ先に味あわせたいと思う親の気持ちが」


 



 

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