Chapter6 Dual Blazes

Episode 58 Dark change

 気がつくと、見たことのない場所だった。

 天井は灰色。

 背中に感じるのは、冷たく硬い感触。

 この感触はポリエチレンボードだろうか?


 (何か既視感のような……? )


 タカトは身体を起こそうとしたが、身動きが全くとれなかった。身体が仰向けなのは分かるが、両腕が左右へと真横に拘束されている。おまけに両足まで拘束されているようで、動けない。良く見ると、両手首と両足首が黒い金属のような輪によって、台に固定されていた。そう簡単には外れなさそうである。このままだと寝返りも打てず、早々腰を痛めそうだ。


 (こいつはまるで、遠い昔「チキュウ」の「キゲンゼン」に現れたとされている「イエス・キリスト」の磔刑状態だな。俺別に信心深くねぇし、殉教者じゃねぇんだけど……)


 そんなことをぼんやり考えつつ、タカトはふと我に返った。

 確か、自分はあの場所から落ちて、それから……一体どうなったんだ?

 あっという間に真っ暗闇に包まれて、そこから記憶が途切れている。

 みんなは今どこにいるんだ?

 俺がここにいるという時点で、自分を探し回っているに違いない――そして腹が立つことに、俺はまたアイツに心配をかけちまってる!


 (あああ何か情けねぇ……どうしてこう言う役回りなんだよ俺!? おえらいさんところのお嬢様やどっかの国のお姫さんじゃねぇってのに……トホホ……)


 げんなりしている暇はない。

 何とかしてここを抜け出したい。だが、手足を拘束されてどうにもならない。

 

 (このクソ輪っかをどうにかして外すか壊すかしねぇ。こういう時、瞬間移動テレポーテーションが使えるとわけねぇんだろうけど、俺にはそんな力さえねぇし……クソッ! )


 己の非力さに悪態をついても、虚しく時が過ぎていくだけである。

 それより、自分をトラップに陥れた犯人は一体誰だろう?

 そう思った時、冷たい音が響いてきた。

 誰かが歩いてくる、靴の音。


 (誰だ……? )


 息を潜め、音が聞こえる方向へと顔を向けると、見知らぬ男がこちらに向かってくるのが見えた。

 短い亜麻色の髪を後ろへと流し、長い白衣を着た五十代後半位の男である。太い眉に整った顔立ちで、銀縁眼鏡をかけた暗褐色の瞳……白衣のくたびれ具合といい、見た目ただの研究者のようだが、表情がイマイチ読めず、危険な匂いがした。


「……目が覚めたかね? ようこそ、我が研究所へ。タカト・レッドフォード君」

「あんた誰だ? 何故俺の名前を知っている?」

「これは失礼。私はライアン・アナトレイ。当研究所の管理責任者だ。君に関することを全て調べさせてもらった。今の所属場所といい、全て把握済みだ……君の遺伝子一つ一つまでな」


 若干ハスキーがかり、蛇のように絡みつくような男の声は、彼の神経にさわった。まるで全部丸裸にされているような気がして、良い気がしない。


「レッドフォード君。私は君に会える日をずっと心待ちにしていたよ」

「なぁオッサン。歓待してくれるんなら、俺のこの体勢をどうにかしてくんねぇか? どこからどう見ても〝お喋り〟する姿勢にしては奇怪過ぎると思うのだが」


 博士はこちらの話を聞く気さえないのか、くっくっと忍び笑いをしている。舐め回すように見た後、瞳を覗き込むように顔を近付けてきた。その距離は約十センチ程度。あまりのことに、戦慄がタカトの身体を突き抜けてゆく。


「ちょっ! オッサン顔近過ぎ……っ!!」

「……久し振りに見たが、思わずため息が出る程に美しい瞳だ……この瞳がねぇ……」

「久し振り……?」

「そうだとも。三年振りだ。まさか再びお目に掛かれるとは思わなかった……」


 口では喜びを表しているように聞こえるが、その瞳は猛毒のような殺気立った色を宿している。タカトはごくりとつばを飲み込みつつも、警戒心を極限にまで引き上げた。この男、何か大変ヤバそうな気配がする。


「あの時、上手く始末出来たと思っていたが……あの女……まさか培養眼を隠し持っていたとはな……」

「培養眼……!?」

「ああそうだ。培養眼は知っているだろう? 君は三年前に眼球移植を受けているのだから」

「俺の……眼球……まさか……!?」

「通常は翡翠色をしているが、ある時突然金色の瞳へと変貌する。セーラスに飼われている〝レオン獅子〟よ。君の瞳は、あの女と同じ能力を持っているだろう。メタラ・ウイルスを見抜く瞳……我々の目的を邪魔する憎たらしい瞳……!!」


 実はスカーレットは存命時、自分にもしものことがあった場合に備え、あらかじめ培養眼を作っていた。彼女から採取された細胞から培養されて出来た培養眼が保管されている病院に、たまたまタカトが入院することになったのだ。その情報は全てライアンが影から手に入れているため、嘘ではない。


 (スカーレットさんを殺したのはコイツで……しかも……俺の眼球が、スカーレットさんの……!? )


 それならば、今まで不可解だった全てのことに合点がいく。

 時々自分の瞳を見ては、ディーンは複雑な表情をしていた。

 いくら仕事とは言え、やけに自分を守ろうとするし。

 実はずっと疑問に思っていた。

 自分を通して誰か・・を見ていたのではないかって。


 (そりゃあ……そうだろ。自分だってアイツと同じ立場なら、きっと同じことをしている)


 納得は出来たものの、やや暗い想いがわずかに思考を支配しかけたその時、タカトは物凄い力で顎をつかまれた。その弾みで後頭部を枕板へと強かに打ち付けられ、走る痛みに顔を歪める。ライアンはいつの間にか右手にアイスピックの柄を握り、その切っ先を構えた。

 

「ぐあっ!! 痛! 何をする!」

「この瞳……憎いこの瞳さえなければ……!」

「う……っ! その手を……離せっ……!」

「潰してやる……私の邪魔をするものは全て、この手で抹殺してやる……!」


 顎を掴まれ、頭を動かせないタカトの瞳に向かってニードルが近付いてくる。

 鈍く輝く光が迫ってくる。

 背中を針で撫でられたように悪寒が走り、息ができない。

 先が網膜に突き刺さるのに後一センチもない。


「やめろおおおおおおお―――――っっっ!!!!」

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