Episode 55 Close Call
その頃ナタリー達は、タカト達が入ったと思われる部屋の戸を何とかして開けようとしていた。
だが、何をやってもそれは開こうとしない。
彼のブラスター・ソードや彼女の「音響兵器」の力をもってしても、びくともしなかったのだ。
ナタリーは、こみ上げてくる得体の知れない激情に任せるまま、何の返答もない戸を両の拳で何度も叩いていた。
「ちょっと! 何よこれ! 一体どんな仕掛けになっているの!? いい加減開きなさいよ!!」
「私にも分からないな。どうやら、中の騒動が落ち着かない限り、開かない仕組みになっていそうだが」
「そんな……!」
部屋の中からは耳を覆いたくなるような奇声と、響き渡る銃声、二人の男による必死な叫び声が聞こえてくる。
空気を通してびりびりと肌に伝わってくる地響き。
何かが割れる音。
砕け散る音。
騒音だらけで、彼らが何を言っているのか、分らない。
たった一枚の戸のために、彼ら二人と自分達二人は隔てられている。
たった一枚の戸のために、助けに行くことが出来ない。
たった一枚の戸のために、顔も姿も見ることが出来ない。
……どう頑張っても、暗い想像しか出来そうにない……。
心の中の拭い切れぬ影が雨雲のように広がり、彼女の胸に重くのしかかってくる。目頭の奥が熱を持ち、その重みに耐えきれなくなりそうだ。
「ああ……タカト! ディーン! 二人共大好きよ! お願いだから無事でいてちょうだい!!」
へなへなとその場に座り込み、声を震わせるナタリーの肩を、ロバートはそっと抱き寄せた。戸をあまりにも強く叩きつけていたために、その両手はすっかり赤くなっている。
「ああ、何て非力なの……! せめて、せめてこの戸さえ壊せれば良いのに、私達にはそれさえ出来ないなんて……!!」
「ナタリー……」
「うう……ロバート……!」
ナタリーの嘆く声は、金属の戸によって冷たく突き放され、周囲に虚しく響き渡るだけだった。
「私、ずっと思っていたのよ。三年前からずっと! 何故ディーンばかりこんなつらい思いをしなくてはならないんだろうって。 これではあんまりだわ! 彼が可哀想過ぎる……!」
「それは私も思うよ、ナタリー。一体どうしてなんだろうな? 閉じ込められる時点で、殺意が込められているとしか言いようがない」
「タカトだって、あんなイイ子なのに、どうして生命を狙われなければならないのよ……理不尽過ぎるわ!!」
彼女の相棒は、涙に濡れるその華奢な身体をそっと抱き締め、波打つウェーブの後頭部を優しくなでてやる。そして、痛みに耐えるようにそのまぶたを閉じた。
「歌声だけではなく、その心も、流す涙も美しい我が歌姫。一つ、聞いて欲しいことがある。聞いてくれるかな?」
「?」
「〝神は乗り越えられる試練しか与えない〟という言葉がある。大昔の〝チキュウ〟にあったとされる〝セイショ〟に載っていたそうだ。私はその言葉を信じるよ」
「……ロバート……」
「そして今、彼の傍にはタカトがついている。二人一緒ならきっと大丈夫だと信じよう、ナタリー。彼らはそう簡単に屈するとは思えない。彼らを信じて待っていよう。私達が今出来るのはそれだけだ」
ロバートは相方をなだめつつ、瞬きのない真っ直ぐな青灰色の瞳で、彼らの行く手を阻む戸を静かに睨み付けていた。
◇◆◇◆◇◆
「来るぞ。構えろ」
「どっからでも来やがれ!!」
上から襲いかかってきた黒い爪を、二人は互いに真横へと転がるようにして避けた。ディーンはアサルトライフルを再度構えなおす。彼は二つ目の眼を狙おうとしたが、そうはさせぬと言わんばかりに、前脚の鋏が向かってくる。それに向かって、タカトのブラスター版に換装させたマグナムは、赤い光線を発砲した。周囲にバチバチッと火花が散る。切断まではいかないが、前脚の方向転換をさせるには成功したようだ。
「悪ぃ! お前のこれ借りっ放しだった!」
「構わん。君がそのまま持っていろ。それは見かけより飛距離も貫通力も優れている代物だ。好きに使うがいい」
「サンキュー!」
ディーンはその場からあえて動かず、標的に向かって、青白い光線を連発させた。いずれも蜘蛛モドキの眼の周囲に、凶器である脚を寄せ付けないようにしている。その弾道を見たタカトは、相手が何を言わんとしているかを瞬時に読み取った。
(じゃあもう一つの目玉は俺が狙うぜ!!)
タカトは息を殺し、銃口を血のような色をした大きな眼に向けた。既に潰されているもう片方の眼からは、変わらず白い煙が上へ上へと立ち上っている。
「おおおおおおおおおおっ!!!!」
思い切り銃爪を引いた。するとけたたましい銃声の連打と共に、銃口から赤い火花が何度も放たれた。雷が手元にあるのかと思ってしまう位、身体に跳ね返ってくる衝撃は大きい。
キィアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!
耳を抑えたくなるような悲鳴が部屋中に響き渡った。前方を良く見ると、見事に命中したようである。大きな瞳があったと思われる部分から二つ目の白煙を吐きながら、巨大アンストロンはその胴体を激しく痙攣させている。
(やった……か……!?)
すると、タイヤから空気が抜けるような音が聞こえ、その胴体の周囲から真っ白な煙がもうもうと立ち上がり始めた。それはまるで煙幕のように周囲を包み込もうとする。
嫌な予感がしたタカトは後ろに向かって大きく飛び退り、白のアンダーシャツを掴んで引き上げつつ、口と鼻を覆った。そこで、彼は指先の力が思うように入らないことに気が付いた。隣にいる相方をちらと見てみると、側頭部を両手で押さえている。頭痛がするのだろうか。
(これは……まさか毒……!? )
蜘蛛の毒といえば、神経毒の可能性が高い。
毒性がどれほどのものかは不明だ。
軽度ならともかく、重度となれば呼吸困難に陥り、生命に関わってくる。
しかし、換気が良いとは思えないこの部屋は、戸さえ開かない。
早くケリを付けなければ、二人共危ないかもしれない。
神経が肌へ直に突き刺さってくるように感じる。
(……くそっ! 軽く吸ったか! 早くずらからねぇと……!!)
その時ディーンは、アサルトライフルの銃口を戸へと向け、力が入らない指を何とか酷使してトリガーをひいていた。きっと、タカトと同じことを考えていたのだろう。
ダダダダダダダダダ……………
耳を劈くような銃声が連続して鳴り響いた後、カチャリと鍵が開くような音がした。その背後で、大きな地響きとともに巨大な蜘蛛モドキが床にめり込んでゆく音が響き渡る。
「……!?」
そして、ディーンはふらつく足を𠮟咤しながら戸まで近付き、身体全体を投げつけるようにして、思い切り戸にぶつかった。彼の意図に気付いたタカトも同じようにして体当たりを喰らわせる。二人とも身体全体の骨がきしむような悲鳴を上げたが、構っていられる時間は全くなかった。いくら微量でも毒を吸引し続ければ、呼吸困難に陥ってしまう!
(クソッ! 開けよ! この野郎……っっっ! 俺等こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ……!)
思うように力の入らない身体を、何度も何度も戸にぶつけ、感覚が麻痺しそうになったその時である。
ガコンッと低い音がなり、グワワンッと金属のひしゃげたような音が周囲に鳴り響いた後、空いた穴から、部屋の外の光がぽっかりと差し込んできた。
二人はその光に縋り付くように、境目からほぼ同時に倒れ込んだ。
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