Episode 54 奮迅二人

 巨大蜘蛛モドキは、ガチャガチャと二本の前脚にある鋏を動かしながら、タカト達を切り刻もうと襲いかかってきた。

 右に左に上に下に斜めに……様々な方向から飛びかかってくる八本の漆黒の刃。

 それは縦横無尽に動き回り、追尾システムのように彼らを執拗に追いかけ、攻め立ててくるのだ。


 流石のタカトも一体どう対応すれば良いのか分からず、防御に徹している。

 巨体の割には動きが俊敏で、ギリギリのラインで逃げ切れているレベルだ。

 あちらこちらで、茶髪の切れ端が宙を舞い続けた。

 「こんなに散髪されちゃあ、その内坊主にされちまう!」と、彼は胸中で思っているのかもしれない。


 あのディーンでさえも、黒いスラックスの裾やら黒いサマージャケットの裾や袖元やらが、ずたずたになっている。

 彼の色白な腕に、赤い刻印が何本も刻み込まれていた。

 美しい左頬にも一本の赤い筋が出来、そこから血が静かに流れ落ちている。


『くそっ! コイツあの図体のクセに動きが早すぎる!! いってぇ何なんだよこの蜘蛛野郎……!!』

『どうやら、八つの脚についているセンサーが、僕達の動きを読み取っているようだな。下手に上空へと跳ぼうものなら、恐らくあの脚で串刺しにされるだろう』

『マジかよ~コイツめっちゃタチが悪ぃな!! このままじゃあ膾切りにされちまう……!!』

『あの〝眼〟のどれかが怪しいと思っている。しかし、照準を定めるのが難しいな……』


 タカトは身体中のあちこちに、焼かれるような痛みが走るのを堪えつつ、相手の弱点を探そうとこめかみに指をあてた。

 翡翠色の瞳が瞬時に輝く金色へと変わる。

 すると、タカトの瞳を通じて、標的の目のあたりに、何かが光って視えてきた。

 蜘蛛の頭部前方の真ん中辺りに、二つの大きな眼がある、その下に四つの小さな眼が並び、頭の両側に二つの眼がある。

 その内、真っ白に光り輝く眼が、その大きな二つの眼だった。

 恐らく、その眼を二つとも潰せば良いのだろう――タカトはそう睨んだ。


 (とにかく、あのうぜぇ八本の脚の動きを止めないと、近寄れねぇ……!! 他の眼を潰してみるか!? )


『〝リーコス〟! あの真ん前にある二つの眼が怪しいようだぜ……! 他の眼を試しに潰してみるのもアリだと思うけどな!』

『……そうか。ありがとう。ならば早速狙ってみる』

『それなら俺は敢えて奴の気を引いてみるぜ……!!』


 ディーンはこめかみに指をあてると、右手の中にやや長めの銃身が一挺現れた。AK47タイプのアサルトライフルに似た形状だ。漆黒ボディーでハンドガードとストック(肩当て)は赤みのある木目調仕上げで、大変美しい品である。


 一方、タカトはこめかみに指をあてて口笛を吹いた。すると、赤いレビテート・ボードが亜空間収納より飛び出してきた。彼はそれに乗り、一気に浮上する。それを目にしたディーンは血相を変えた。


『〝レオン〟! それは危険だ!!』

『串刺しにされないように気を付けてみるぜ! 〝リーコス〟お前は奴の目玉だけを狙ってな!!』

『……!!』


 タカトのことだ。こちらが幾ら止めようとしても、考えを変えようとしないだろう。これ以上は何をしても無駄骨だ。


 ――ならば、何かが起こる前に、自分が阻止すれば良い。


 静かにそう悟ったディーンは、マガジンについている赤いボタンを押し、弾倉の中身をチェンジし、ストックを右肩にあてて構えの姿勢をとった。

 彼の漆黒のアイバイザーにも、照準を示す白のマークが点滅している。

 トリガーをひこうとした、まさにその時である。


 突然、真っ白な網状のものがタカトに向かって飛びかかってくるのが見えた。


『うわっ!! 最っっ低――!!』


 それを瞬時に避けたタカトは、思わず悲鳴を上げた。自分に向かって飛んできた網が、何とかして彼を捉えようとしつこく追いかけてくる。


『何だこりゃ!! 俺しつこいヤツ大っ嫌ぇなんだよ……!!』


 赤いボードが右往左往しながらも、網の形をした追手から逃げようと、高速で必死に飛び回っている。

 しかし、どうやら、避けきれなかった網の一部に右足が捕まったようだ。

 それは妙に粘っこい、だけどしなりのある真っ白な蜘蛛の糸だった。

 タカトは引きずられるようにボードからずり落ち、そのまま空中に高く吊り下げられ、すっかり宙吊り状態だ。

 身体の自由が効かず、なすすべもない!


『うわ……!!』


 漸く捕まえた獲物を捉えんと、真っ黒な爪と鋏が迫ってきた。


 その時である。

 雷のように銃声が轟き、青白い光ともにキャッシャアアアァアアアアアアアアア――――ッッ!! という、窓ガラスに爪を立てたような、大きな悲鳴が、部屋内に響き渡った。


『!!』


 急に右足が自由になり、身体が落下するのを感じたタカトは、まるでネコ科の動物のように宙で一回転し、床へ両足でしっかりと着地した。

 彼は、目の前にいる巨大蜘蛛モドキが、頭部から真っ白な煙をあげながら、八本の脚をバタ狂わせるように動かしているのを目撃した。

 それは、脚を付け根からぐにゃぐにゃと曲げている。

 軸の歪んだ車輪が回転するような動きをしていた。

 良く見ると、大きな二つの眼の内、一つが陥没し、白煙を上げているではないか。

 その周囲からピシピシッと、何かが裂ける音が聴こえてくる。

 どうやら、ディーンが一撃で、タカトの足を戒めていた蜘蛛の巣を切断すると共に、それの眼の片方を同時に撃ち抜いたようである。


『ひゅーぅ!! さっすが!! 相変わらず良い腕だな……て、危ねぇっ!!』


 突然真っ黒な節のある脚が、相棒の真横から迫ってきているのが彼の目に写った。

 タカトは瞬時に床を蹴り、前から押し倒すようにしてディーンを庇った。


「……!!」


 ビリビリッと、何かの破れる音が響いて、赤い上着の背中の部分が縦に大きく裂け目が出来る。

 すんでのところで、蜘蛛の脚による直撃を避けることの出来た二人は、もつれ込むように床へと倒れ込む。

 カシャンと音をたてて、アサルトライフルが手を離れ、横に転がった。

 自分を覆いかぶさるようにして守るタカトの身体の上を、獲物を捉えた損ねた脚が虚しく通り過ぎて行く……。

 それを目にしたディーンは、銀色の瞳でアイバイザー越しに睨みつけていた。


「……すまない。僕としたことが、見落としていた」

「万能な奴はいねぇってことよ! 借りはきっちりと返したからな!」


 自分の身体の下にいる相棒の、どこかあっけにとられたような顔を上から覗き込むようにして、タカトは得意気な笑みを口元に浮かべた。傷だらけの顔は、生意気な餓鬼大将そのものだった。

 

 

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