Episode 53 Dangerous waltz

 尾の風圧で吹き飛ばされたナタリーは、身体中に強い衝撃を受けたと思った瞬間、逞しい温もりに包まれるのを全身で感じた。すると、穏やかで聞いていてほっとする声が耳元で聞こえてくる。


「大丈夫か〝リュラ〟? 間に合って良かった」

「ああ……助かったわ〝スパティ〟。ありがとう」


 ロバートは、緑色のリビテート・ボードを操りながら、アンストロンと充分な距離をとった。背後に回っているため、すぐには気付かれないだろう。


 一方、自分の身体がロバートの腕の中にすっぽりと包みこまれていることに気が付いたナタリーは、安堵の吐息をついた。そしてそのまま胸を押し付けるようにして、相棒の首へと縋り付く。ロバートの腕が、そんな彼女の身体を守るように抱き寄せた。


 まともに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられようなものなら、首の骨をへし折っていたかもしれない。身体の震えを否が応でも自覚せざるを得なかった。ロバートの持つ穏やかな温もりに包まれながら、自分の相棒が頼り甲斐のある男で、本当に良かったと改めて思う。


「この種はあの大きな顎のみならず、あの尾にも注意しないといけなかったね。君があの尾にまともに弾かれていたらと思うと、今でもぞっとするよ」

「本当。良かったわぁ……私は幸運を拾えたわけね。しかし、わんちゃんみたいに、尾を千切れんばかりに振られたらたまったものではないわよ。この建物の下敷きになるのだけは真っ平ごめんだわ!」


 まだ戦いは終わっていないのだが、ごく僅かな安心感でさえ心が要求するのか、二人の口は止まらない。ロバートはナタリーを横抱きにしたまま、リビテート・ボードを操作して縦横無尽に飛び回った。そんな彼らの存在に気が付いたのか、その背後からズズン、ズズンと、大きな地響きと共に恐竜型機械知性体がゴアアアアッと奇声をあげつつ、執拗に追いかけてくる。ガツンッガツンッと大きな顎を開閉しつつ、バナナの果実のような形をした鋸歯状の歯を剥き出しにしながら。


「ねぇ〝スパティ〟。この恐竜モドキ、どうしようかしらね? こう極端な体格差では、やっぱりまともに戦えないわ」

「そうだな……ティラノサウルスに似ているから、弱点も似ている可能性が強いだろうな」

「弱点ねぇ……そうだわ!!」

「何か思い付いたのかい?」

「ねぇ、あの恐竜モドキを転ばせる方法はどうかしら? 名付けて〝すってんころりん〟作戦!!」


 随分と気の抜けたネーミングだが、文字通りなので敢えて突っ込まないでおく。


「なるほど。それは良い考えかもしれんな。流石は麗しき我が歌姫。あれは巨体の割には手が随分と小さいからな。一度派手に転倒したら、そう簡単には起き上がれないだろう」

「でもどうやって転ばせるかが問題よねぇ。これと言ったものは落ちてないし……」

「君は先ほど試していたのだろう? もう一度やってごらんよ〝リュラ〟。私がサポートするから」

「え……?」

「私がこのままの状態で動いていれば大丈夫だ。目を引きつけているうちに君の〝美声〟で相手をシビれさせるんだ」

「分かったわ!」


 ロバートはこめかみに指をあてると、緑色のイヤープラグが両耳をきっちりとガードした。彼女は照準を合わせると再び大きく深呼吸し、赤い唇を縦に大きく開いた。


 すると、彼女の口元から美しいコロラトゥーラ・ソプラノが、三拍子のリズムを帯びながら流れ出した。ロバートには全く聴こえていないのだが、テンポの良い淡々とした歌が奏でられている。普通のワルツならば、思わず口ずさみ、踊りだしたくなるような曲だろうと思われる。


 ところが発生源は美しき「人間音響兵器」である。

 やがてリズム良く部屋内の壁や床がガタガタと大きく振動し、それは、アンストロンの足元も例外ではなかった。

 一方、空中を浮遊しているナタリー達には全く影響はない。

 彼らは、後ろから追いかけてくるそれを、逃げ惑いながらも、慎重に観察していた。

 美声を奏でる歌姫を抱き抱えながらの空中走行。それは見方によれば、華麗なワルツを踊っているかのようにも見える。


 壁や床から伝わる異常な周波数のために、やがて巨大な恐竜モドキはその巨体を大きく震わせ、バランスを崩して前方へと倒れ込んだ。

 周囲に盛大な地響きが轟き、大きなクレーターが出現する。

 その合間をすり抜けるようにして、ロバートとナタリーは一気に距離を広げた。

 かろうじて下敷きという名の巻き添えは食わなかったようである。


 灰色の煙が舞う中、手足をぎこちなく動かしているところを見ると、彼らの読みはあたったようだ。それは、起き上がろうと頭部を持ち上げては落とし、持ち上げては落としを繰り返す一方だった。


「恐らくもう動けないだろうが、万が一のことがあっては困るから、悪いがコアは破壊しておこうか」


 ロバートがこめかみに指をあてると、右掌の中に淡い緑色の光が生まれた。

 それはやがて、一振りの剣の形へと変化する。

 彼は左腕に抱き抱えたナタリーにそれを持たせた。

 そして、さやを抜き払ったブラスターソードを右手に握り、アンストロンの頭頂部の部分に狙いを定め、一気に刺し貫いた。

 淡い緑色の光が吸い込まれると、その大きな頭部はドズン! ドズン! と上へ下へと動き、地響きをたてながら痙攣し始めた。

 しばらくバチバチッと火花が飛び散るが、ロバートはその手を緩めなかった。


 恐竜型アンストロンがピクリとも動かなくなったところを見計らい、その巨体から刀身を引き抜くと、真っ黒な循環剤が火柱のように吹き上がった。どうやら、ロバートのソードは見事にコアのど真ん中を潰したようである。しばらく静寂な時が流れ去っていった。落ち着いたところで、ロバートは亜空間収納にブラスター・ソードを納めた後、再びナタリーの身体を横抱きにし直した。


「え……ちょっと……」

「……さて、こちらはこれで大丈夫かな」

「そうね……ところで〝スパティ〟。こちらが一段落したばかりでなんだけど、早く〝レオン〟達の元へ急ぎましょう! 私何だか心配だわ」

「分かった。それは私も同じ気持ちだ。それじゃあ、このまま向かおうか。君もあの恐竜モドキをことで大分体力を消耗しているだろうし、走るよりは早く戻れるだろう」

「このままって……ちょっと……あなたの腕が痺れちゃうんじゃないの?」

「気にしなくて大丈夫だ。いい香りのするポプリを抱えているようなものだからな」

「もう〝スパティ〟ったら……」


 歌姫は頬を薔薇のように赤く染めた。この二人は別にカップルではないのだが、不思議と周囲の気温が上昇しているのを感じる。ロバートはそのままリビテート・ボードを操作し、タカト達の元へと急いだ。


 ◇◆◇◆◇◆ 


 ロバート達が戦っていた丁度その頃、タカト達も異形化アンストロンと対峙していた。彼らの目の前に立ちはだかっていたのは、巨大蜘蛛型のアンストロンだった。目は八個あって、それだけがいずれも生き血のように赤い。八本脚のその先には、鋭い爪がついている。脚は全長約五メートルはあるだろう。胴体を合わせたら、全長は恐らく約十五メートルはあるに違いない。


『うっげ!! コイツ毛が生えていてリアル過ぎ!! 余計に気持ち悪!』

『あれは恐らく〝聴毛〟を模しているに違いない』

『〝聴毛〟?』

『蜘蛛には耳がない。その代わりに脚の背面に毛が生えている。言わば耳代わりの代物だ』

『ほえぇ~。全然知らなかったぜ。お前詳しいな!』


 上から斜めから横からと、迫ってくる巨大な大爪による攻撃を避けながら、二人は情報共有をしていた。こういう時こそ〝レティナ・コール〟は大いに役に立つ。


『これはあくまでも僕の推論に過ぎないのだが、ここまで本物に似せたアンストロンということは、そういう細かいところにもこだわりがあるのではないかと思っている。恐らく〝聴毛〟は何かのセンサーだろう』

『センサーか……こいつはひょっとすると、比較的死角になりがちな上空から……という手が使えねぇのか……くそっ!』

『一体どういうものかは不明だが、真正面から向かうしかなさそうだな』


 ただ逃げ惑うだけでは問題解決にならないのは分かっている。しかし、相手が他にどういう動きをするのかさえ、情報に乏しいため、良く分からない状況だ。

 ディーンはアイバイザーを通し、相手による前脚攻撃を避けつつも、反撃のチャンスを狙っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る