Episode 48 ディーンの思い

 シアーシャとタカトが見舞いに来た次の日。ハイスクールから直接病院へと見舞いに来たジュリアは、病室にいる兄の姿を見た瞬間、驚きのあまり目を白黒させていた。


 ――ちょっと……お兄ちゃん!? 一体どうしたのよその顔! ――


 彼女が驚くのも無理はない。生きた芸術品のように美しい兄が、数日前は狙撃されて意識不明の重体。そして今日は頬が若干腫れ、切れた唇の端に絆創膏を貼り付けた状態……こう短期間で傷だらけの状態を立て続けに見せ付けられては、彼女の心臓が落ち着かないだろう。それに対し、張本人は普段と変わらず至って平然としていた。


 ――別に大したことはない。気にするな――

 ――もぉー全く。タカトさんとまた何かあったんでしょ!? お兄ちゃんのことだから、余計なこととか言っちゃったんじゃないの? ――


 眉をひそめながら詰ってくる美少女の様子を穏やかに眺めつつ、ディーンは思わず苦笑した。彼女には、敵わない。


 ――ジュリア。どうやら僕はすっかり悪者のようだな――

 ――だって、お兄ちゃんが悪いんだもの。わざと他の人を寄せ付けないような、雰囲気や言動ばかりするんだから! ……でも、最近はそれも大分減ってきて、昔のお兄ちゃんに戻ってきたと思ったのに……――


 彼女はベッドの傍にある椅子にストンと腰を掛け、頬杖をついた。兄を逃さぬかのように、下から覗き込むような視線を向けてくる様は、さながら獲物を狙う黒猫のようである。


 ――タカトさんは、とっても良い人だよ。この前初めて会った時にそう思った。話をきちんと聞いてくれるし、帰りも寮まで親切に送ってくれたし。それなのに、お兄ちゃんはどうしてそんなにツレない態度をとったりするの? ――


 しっかりタカトの味方をしている妹のむくれ顔を眺めつつ、彼女を宥めるように、その頭を大きな手で優しく撫でた。


 ――些細なことだ。君が心配することではない――

 ――何言ってるのよ。普通心配するわよ。だって、私達家族なんだもん。家族のことを心配するのは当たり前じゃない! ―― 

 ――彼とは少し言い合いになっただけだ。本当に心配しなくても、大丈夫だから安心しろ――


 〝家族だから、家族のことを心配するのは当たり前〟

 彼女の言うことに間違いはない。

 僕達兄妹、この世でたった二人しかいない家族だ。

 これまで必死に守ってきた、大切なもの。

 それは、三年前の事件を経ても、変わらず有り続ける平穏だった。

 その時、ディーンの脳裏に、自分に真正面から向かってきた相棒の姿が浮かんだ。あの時の彼の言葉が刃のように胸に深く突き刺さり、決して抜けようとはしなかった。


 ――過去に囚われたままでは、守らねばならねぇ〝現実〟まで手遅れになっちまうんじゃねぇのか!? ――


 ◇◆◇◆◇◆ 


 (ああ、そうだな。彼の言う通りのことが今現実となって起きてしまったようだ。僕が動けない間に……)


 ガラが悪そうな見かけによらず、彼は一番大切なことを分かっている――ディーンはそう見ていた。


 彼と初めて出会った時、今までに出会ったことのないタイプだと思った。短気で気性が荒く、突っ走りやすい熱情家だが、きっぷの良い性格。派手で目立つ風貌だが、人としては割とまともな考え方を持っている。彼のことは、別に嫌いではない。ただ、今まで一緒に行動を共にしてきた相方達とは、何かが違うと感じていた。


 (彼が不思議な魅力を持つ人間だと言うことは、ジュリアに言われなくても、充分分かっている)


 家事能力はあの様子だと、恐らく壊滅的だと思われるが、戦闘能力は高いと思う。恐らく、前職でも似たような仕事を請け負っていたに違いない。何の打ち合わせもなくミッションに挑んでも、まるでこちらの意を汲んだような判断力と実行力を見せ付けてくる上、過不足ない手応えを毎回感じる。相方として今までで一番違和感を感じない位だ。直感にやや頼りがちなところは疑問に思うが、それは彼自身が経験から培われたものだろうから、否定する気は毛頭ない。改めて〝エフティヒア〟の診断の精密さには大いに恐れ入った。

 

 だからこそ、尚更思った。恐らく、と。一体いつ狙われるか、正直分からなかった。だから、自分に深く関わらせないほうが良いだろうと判断した。必要以上に立ち入らせないようにするのも、そのためだ。


 だけど、彼は真正面からぶつかってきた。近付くなとどれだけバリヤーを張っても、素手で壊しにかかってくる。とんでもない奴だ! こちらの気も知らないで!


 ――俺は俺だ! 良い加減目を覚まして俺を信用しろよ! ――

 ――自分を信用しろと言ってくるクセに、俺のことは信用しねぇのかよ? ……そんな不公平なことってありえねぇだろう!? ――

 ――『苦しい』なら『苦しい』って、はっきり言えよ……言ってくれよ……言ってくれなきゃ分からねぇだろ……俺達他人なんだから! ――

 

 あの時、息もつけないほど驚いた。まさか、自分の目の前で涙を流してまでしてまともにぶつかってくるとは、予想も出来なかった。


 (本当に……彼は一体何をしでかすのか、分からない男だな)

 

 スカーレットを失った後で、あんなにもひたむきで、純粋な心根を持っている人間が、自分の相棒になるとは思いもしなかった。


 確かに、この前の自分はどうかしていた。いつもなら、相手を仕留めても自分が撃たれるというヘマはしない。だが、何故か考えるよりも身体が勝手に動いてしまっていた。


 ただ、自分の目の前で彼が撃たれるのだけはどうしても許せなくて、阻止したくて、あの時はその気持ちだけで行動してしまった。その結果がこのザマだ。スカーレットの時と違った意味で心が乱されていることを、まざまざと思い知らされた。


 (我ながら、あきれて物が言えないな……)


 微妙に鈍い痛みを訴える銃創の跡を手で押さえつつ、思わず苦笑が漏れる。自分はそこまでして彼を守りたかったのだろう。彼はやっぱり自分にとって〝特別〟なのだと、嫌でも認めざるをえないようだ。


 (どうやら僕の負けのようだな、タカト……)


 これから先、益々困難を増し、予断を許さない状況になるだろう。だが、有能な彼と一緒なら、きっとこの現状を打破出来るかもしれない。そして、妹を一刻も早く捜し出し、他の被害者と共にこの星へと必ずや連れ戻す。その先に、きっと僕が探し求めている答えがあるに違いない。不安がないと言えば、嘘になる。だけど、それを恐れていては、本当に大切なものを全て失ってしまう。


 ――同じ轍を踏まなければ良い。それだけだ。


 ディーンは静かに目を閉じると、妹の鞄の取っ手を強く握りしめた。

 

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