Chapter5 Red Blaze & Black Frozen

Episode 47 助けを求める声

 ――お兄ちゃん!!


(……? )


 ――助けて! お兄ちゃん!!

 

(……ジュリアッ!? )

 

 本部に向かう途中だったディーンはその場で立ち止まって振り返った。周囲を見渡してみたが、視界に写るのはただの雑踏だけだった。


 歩道は種々雑多な人間が寄り集まり、ひしめき合い、何の秩序もなく蠢いていた。仕事で急ぎ足となっている者、のんびりと歩く買い物客、どこかへ遊びに行く者……などなど、その様子はまるで打ち寄せる荒波だ。それは泡立ち、逆巻き、咆哮し、あちこちで錯綜している──彼はさざ波のような嫌な予感を胸中に感じつつ、最初は空耳かと思った。

 

 だが、確かに自分を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 自分に助けを求める声。

 それも他の誰でもない、大切な妹の声。

 聞き間違える筈がない声。

 ディーンの身体は漠然とした不吉さを感じ取り、それが頭のどこかを叩いて警鐘を鳴らし続けている。

 

 ――何か、変だ。


 そう言えば二日に一度と、ほぼ毎日のように見舞いに来てくれていた彼女の姿を、一昨日から見ていない。スクールでの行事ごとや勉強やらで忙しいのだろうと、軽く考えていた。

 彼はこめかみに指をやり、レティナ・コールを発動させた。

 だが、何度発信しても応答がなかった。

 何かがおかしい。


 ――嫌な胸騒ぎがする。

 

 (ジュリアの身に一体何が……!? )


 ディーンは激しく脈を打つ心臓を押さえつつ、黒いサマージャケットの裾を翻し、俄然、急ぎ足となった。


 ◇◆◇◆◇◆ 


 約二週間振りに、セーラス本部の職場に顔を出したディーンを待っていたのは、受け入れたくない現実だった。彼の妹であるジュリアが、多人数のアストゥロ市民とともに連れ去られたという知らせだったのだ。足跡も動向も一切つかめておらず、現在行方不明とのことらしい。


「退院してきたばかりの君には大変酷な話だが、紛れもない事実だ。上層部から私の元へ直に連絡が入った」

「……」

「今、連れ去られたアストゥロ市民の情報を迅速に集めている最中だ。場所さえ不明だから指示が出るまで待ち給え。勝手に動かないように。良いな」

「……分かりました」


 イーサンに呼び出された彼は、顔色一つ変えることはなかったが、内心神経が張り裂けそうになっていた。


 ヴィザン地区のオオムカデ型アンストロン。

 ラミネ地区の飛行型アンストロン。

 カルディファ地区の巨大鮫型アンストロン。


 これまでも様々な異形アンストロンが事件を引き起こしていたのだが、今度はアストゥロ市民の集団拉致事件だ。本当に想像を絶することだらけが日々起き続けている。しかも今回はセーラス関係者が巻き込まれている。偶然なのか必然なのかは分からないのだが……。

 現場検証を行った警察が現場に落ちていた通学鞄を発見し、その中に入っていた電子生徒証でそれがディーンの妹の私物であると判明した。


 それが一体何の目的で実行されたのか、正直不明である。まずはなるべく早急に追跡調査を行い、場所を特定することが先決だ。


 警察の手により執行部に届けられていたジュリアの通学鞄を掴みつつ、静かに無言で見つめているディーンの傍で、タカトは憤慨していた。


(どうしてこんなことに……! )


 赤の他人ならまだしも、肉親が連れ去られたとあれば、気が気でないだろう。何故彼ばかりが辛い思いをせねばならないのだろうか。理不尽極まりないことこの上ない。相手を思うと、キリで刺されたように胸が酷く痛んだ。


「タカト。君はディーンの傍についていてやれ。決して目を離さないようにな」

「あ……ああ……そのつもりだ」

 

 タカトはちらと視線だけを動かしてみた。彼の相方の銀色の瞳は、込み上げてくる怒りをかろうじて堪えているような色をしている。不可解な黒い感情に囚われているその広い肩に、彼は宥めるかのようにそっと手を置いた。


「……早まるなよ」

「……分かっている」


 口ではそう言っているが、彼の胸中を灼熱の怒りが貫いているのが伝わってくる。私情を挟みかねない、大変危険な状態だ。確かに、今の彼を一人にしておくと、勝手に探しに行きかねないだろう。


 そんな中、ルーム内にけたたましい〝コール〟の音が響き渡り、重苦しい空気を掻き消した。一同がその音の方向へと顔を向ける。


「今連絡が入った。今回の被害者の内の一人は、本部の機械で探知可能なGPS発信機を身体のどこかに持っていたらしい。恐らく、他の市民も同じ場所へ連れて行かれた可能性が高い。その発信機による信号が、この惑星外でたった今発見された」

「惑星外? ルラキス星内ではないのか!?」

 

 観測レーダーの画面を見ていると、その発信機の現在地を示す赤い点が、この星とは明らかに異なる別の星で点滅しているのが確認された。推定される星の面積や規模と言い、その方角と言い、距離間と言い……どう考えても、その惑星の名は一つしか考えられなかった。


「まさか……惑星マブロスでは?」

「……恐らくは、そうではないかと」

「やはり臭いと思っていたが、今度は市民の集団拉致か。奴らは一体何を考えているんだ!?」


 その場に居合わせた市民からの情報によると、突然黒いスーツを身に着けた男達が銃器を持って現れ、乱発し始めたそうだ。それで大混乱に陥った買い物客の中から強引に何人か手当たり次第に連行されたらしい。歯向かうと即射殺される始末だったそうだ。現場には多数の死傷者による血痕が多数残されている状態だ。


「その実行犯達は人間ではないのか?」

「勇気あるものが一人、その実行犯の内の一人を手持ちの拳銃で撃ったそうだ。致命傷にはならなかったため取り逃がしたそうだが、その場に残された血痕が、真っ黒な循環剤だったらしい」


 血痕が真っ黒な循環剤――それは、実行犯達が明らかに人間ではないという何よりの証拠。そして、それは警察の管轄ではなく、自分達「セーラス」の派遣執行部のそれという、紛れもない事実だった。


「〝レオン〟〝リーコス〟〝スコルピオス〟〝ディアボロス〟〝リュラ〟〝スパティ〟」

「「「「「「はい」」」」」」

「ここ派遣執行部は〝アルクーダ〟である私が守る。君達は惑星マブロスへ連れ去られた市民を連れ戻して欲しい――それが上層部からたった今下された今回の指令だ」

「「「「「「分かりました」」」」」」


 イーサンによる、威厳と落ち着きを加えたテノールヴォイスが、ルーム内に響き渡る。それに対し、セーラスの執行部所属エージェント達の声が一音の狂いもなく、綺麗にハモった。


 そんな中、一人静かに先日のことを思い出している者がいた。その手に妹の通学鞄を握り締めながら……




 

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