Episode 46 予期せぬ知らせ
それから翌日のこと。セーラス本部にある職場へと出勤したタカトは、職員達に通りすがり様二度三度見される始末だった。顔は隠しようがない。切れた唇に絆創膏を貼っているわ、内出血で赤黒くなっているわ、目は腫れぼったいわと言った、荒れた風貌だ。一体誰に暴行されたのかと突っ込まれてもしょーがねぇや、堂々としていようと腹を括っていた。
「シアーシャから聞いたのだが、君はあの一匹狼と昨日派手にやり合ったそうだな」
「……あ……ああ。姐さんがどう誇張したのかは知らねぇけど、到頭やっちまったぜ」
タカトは小鼻をかきつつ、視線を泳がせつつ天井へと向けていた。彼女にかかるとジョークが混じるため、余計な尾びれ背びれが色々ついただろうが、ロバート達は彼らを正確に理解しているようである。
ディーンはただでさえ寡黙な奴だ。おそらく、彼は今まで誰にも気を許していなかったに違いない。それでも少しはまともにこちらを向こうとしていた。彼なりに変化を求めようとしていたのだと、信じたい。
誰にも頼らず、誰にも言わず。
ずっとそんな生活をし続けていたせいで、きっと習い性になっているのだろう。彼の生き方はあまりにも不器用過ぎて、見ていられなくなる。
どんどん溜まって、降り積もって、山のように積み上がってしまう負担。
ああでもしないと、心が本当に壊れてしまう。
そう思い、少しは気が休まればと、わざとけしかけてみた。彼なりに考えた荒療治とでも言えよう。少しは効果が出て欲しいものだ――鈍い痛みと熱を持つ唇に指を触れながらタカトはふと思った。
「君は良くやった。腫れ物に触るような状態で、今まで誰もしなかったことだ。そう簡単には出来ないことだからな。これはきっと君にしか出来ない。君自身が結構苦しい思いをしたのではないかな?」
ロバートは、タカトの頭をよしよしと撫でるかのように称賛した。それに対し、タカトまるでミドルスクールの男の子みたいに照れて後頭部をぼりぼりとかいた。
「大丈夫! 一晩寝たらすっきりさっぱりした……と言いてぇところだが、何かすっきりしねぇところは確かにある」
「そうだろうね。名誉の勲章ものだと思うと良い。まあ何はともあれ、ディーンもやっと退院して出て来られるようだから、私も一安心だよ」
「しかし、男は何だかんだ言ってやっぱり〝これ〟だよなぁ。タカト、今度は俺が相手だ。遠慮なし、手加減なしで良いぞ」
ドウェインが楽しそうに右手の拳を見せ付ける。病院での一件を聞き、闘争心を刺激されたに違いない。それに対し、タカトはいたずらに参加しようと悪巧みするガキ大将のような顔をした。
「おうよ。いつでもかかってきて良いぜ……と言いてぇところだが、てめぇ、うっかり〝能力〟を発動させんなよ? 俺まだ死ぬわけにはいかねぇんだから」
「? どういうことだ?」
「〝絶対に死なない〟と約束したんだ。アイツと」
「いや〜それは絶対にやらない。もし弾みでそれやったら、俺あの狼に逆に食い殺されるかもしれないからな。流石に危ない橋を渡る勇気までは、俺持ち合わせていないのでね」
ドウェインは両腕で我が身を抱きしめるような、大げさなジェスチャーをした。いざとなれば壁を通り抜けるなりして、自由に動き回れる透明人間の彼でも、怖いものは怖いようである。そんな男性エージェント達の軽妙なやり取りを眺めていたナタリーは、あからさまに大きなため息をついた。
「もう男って本当にしょうがないんだから……! じゃれ合うなら外でやってよ外!!」
「俺、犬じゃねぇんだけどな……」
「やっていることは犬猫とそう変わらないわ。ここは一体いつペットの持込みが許可されたのかしら? 人間を自認するのなら、きちんと人間のルールとモラルに従ってちょうだい。ここは人間社会なんだから」
「まぁ気にしなくていい。みんなが君ばかり構うものだから、彼女は単に妬いているだけだろう。相方の私が相手をしておくよ」
如才なく振る舞えるメンバーが構成員にいると、物事が円滑に進むので、大変ありがたい。
狙撃事件で一時はどうなることかと思われたが、漸く落ち着きが見えてきたようだ。何はともあれ、やっと全員が揃うと思うと、心が晴れ晴れとする思いだった。誰もが本当に心からそう思う。構成員が一丸となって対処に当たらねばならない部署であれば、尚更のことである。ルーム内ではディーンが復帰する日を指折り数えつつ、久し振りに穏やかな時間が流れようとしていた。
◇◆◇◆◇◆
ちょうどその頃、イーサンは執行部部長室で調査報告等の書類ごとを片付けていた。そんな時突然、彼に〝コール〟が入った。久し振りのコールに彼は自然と背筋に緊張感が走るのを感じた。
『――応答せよ。〝アルクーダ〟』
「――はい。こちら〝アルクーダ〟。要件をどうぞ」
〝アルクーダ〟はギリシャ語で〝熊〟を意味する。現役時代に用いていたコードネームで呼ばれたイーサンは、平然としつつも、何か不吉な予感がしてならなかった。今の職について以来、誰かにコードネームで呼ばれたのは一度としてなかったからである。
『君の部下に〝ディーン・マグワイア〟という名のエージェントはいるか?』
「ええ。おります。ただ所要により現在席を外しております。明後日の午後から本部に出勤する予定ですが、何か?」
『先程入った知らせだ。アストゥロ市内にある市場が何者かによる襲撃を受けたらしい。ちょうどその場に居合わせた何人かが強制的に連れ去られ、その内の一人がハイスクールの生徒だと知らせが入った。〝ジュリア・マグワイア〟という名らしい。……その者の身内ではないのかね?』
「……!!」
通知を聴いたまま、イーサンはその場で動けなくなった。
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