Episode 51 先に控えるもの
研究所の入り口にある罠のセンサー以外で、他に侵入を邪魔する仕掛けは特に見当たらなかった。研究所というだけあって、空気も雰囲気もどこか薄暗い。建物の中は飾りものや置き物さえなく、殺風景だ。壁なんて、灰色のタイルが、ただ並んで貼り付けてあるだけのように見える。古い建物なのだろうか? かすかに漂ってくるカビ臭さに、タカトは思わず眉をひそめた。
「うっわ! ここめっちゃ暗! 何だかホコリ臭え!」
「君の部屋とどっちがマシ? 物がないだけこちらの方がスッキリしてそうだが」
「……るせーよドウェイン。幾ら家事不能人間の俺でも、最低限部屋の空気の入れ替え位はしてるって!」
歩きながら妙に緊張感の抜けるやり取りをしている二人を尻目に、周囲を見渡したディーンは、美しい眉を訝しげにひそめた。彼なりに、何か気になることがあるのだろう。
「それにしても、ここは随分と大きな建物のようだ。研究室や倉庫以外の部屋もありそうだが」
「恐らく、巨大化させたアンストロンを動かすための実験場があるのだろうね、きっと。どの位の規模なのか、我々に想像は出来ないが」
「まぁ、それは考えられるだろうな。今まであれだけのものを寄越してくる位だから」
六人は通路を真っ直ぐに歩いていると、やがて左右に新たな通路が現れた。十字路のようになっている。そのまま前に進めば良いのか、それとも左右いずれかを選ぶべきなのか、迷うところだ。
「前方に進むのと、右と左と、三手に分かれて調べた方が、効率が良いと思うわ。何かあったらコールで知らせれば良いから……」
とナタリーが言いかけたその時、背後からカチャリと冷たい金属音がした。振り返ってみると、何やら闇のように黒いアーマーのようなもので武装した者達が、何人も立っている。
いつの間に後をつけてきたのだろうか? それとも待ち伏せしていたのだろうか? いずれにせよ、引き返すことはもう出来なさそうだ。エージェント達の背中に氷で貫かれるような緊張が走った。予感はしていたが、こういうことは、あまり的中して欲しくないものである。
「ちょっと待てよ……オイオイ、随分と派手なお出迎えだな。随分と歓待されてる……て、ここって普通の研究所じゃねぇのかよ!? 何故武装した奴らがいる!?」
「侵入者に対する迎撃システムといったところだな。タカト。人間だと俺等手を出せないから非常にマズいが、視たところ幸い全部兵器型アンストロンのようだ。遠慮なく叩き潰せるぞ」
「何人……いや、何機あるんだろう……」
シアーシャは即座にこめかみに指をやると、彼女の右手の中に一本の鞭が現れた。グリップを強く握ると、キーパーからフォールに向かって橙色の電流のような光線がビリビリと音をたてて、雷のように輝き始めた。
「ここはあたしに任せな。一気にかたをつけてやる。他は先に行って!」
「君が最後方ならば、最前方は俺が行く。元々俺は偵察も兼ねて先に行くつもりだったしな。俺達の本来の目的は、さらわれた市民を連れ戻すことだ。場所を特定し、早期解放に努めることにしよう」
「そうだね。君には壁がないからあたし達より早く調べがつきそうだね。一足先に行ってきてもらえると、こちらは凄く助かる」
「何かあったら〝スコルピオス〟、俺を呼べよ。すぐ駆け付けるから」
「分かった。気を付けてな〝ディアボロス〟。こいつら全部ノシたら、すぐ君のところへ駆け付けるから」
ドウェインは相方に右手を上げて合図した途端、ゆっくりと身体の色が薄くなり、壁の色へと溶け込んでいった。直線方向の通路の配陣はあっという間に決まってしまった。あとは左右の配陣を決めるだけである。
「前後方は二人に任せて、僕達は左右に分かれようか」
「この様子だと、どちらを行っても、戦わざるを得ない状況になりそうだ。タカト、ディーンを頼んだぞ」
「りょーかい。そちらも気を付けてな!」
ドウェインは前方、シアーシャは後方、タカトとディーンは右の通路、ナタリーとドウェインは左の通路と、それぞれ四方向に分かれて行動を開始した。
◇◆◇◆◇◆
タカトとディーンが選んだ通路をそのまま歩き続けると、やがてメタリックに輝く銀色の大きな戸が見えてきた。良く見ると、その傍に正方形の形をした、認証システムらしいものが設置してある。その上に手をそっと近付けてみると、自然と引き戸が開くように開いた。どうやら研究所の入口ほどの厳密なセキュリティーはかけられてなさそうだ。しかし、あまりにも不用心過ぎて、罠がしかけられていないかが甚だ疑問である。
「何か、スムーズ過ぎて却って気持ち悪……」
「そうだな。何事もないよう、祈るしかない」
二人は周囲を含め足元やらを見つつ、そのまま中へと吸い込まれるように入って行った。二人が入ったあと、その戸は静かに閉まり、ガチャリと鍵の閉まる音が響き渡った。
「鍵!?」
「……」
「うわ……閉じ込められた……マジかよ~……!! 本気で開かないぞこれ!」
タカトは試しに戸を開けようと引っ張ってみたが、押しても引いても何をやっても戸はビクリともしなかった。その傍で何かの気配を感じたディーンは耳を研ぎ澄ませた。
「……気を付けろ〝レオン〟。この先に何かいる……!」
その部屋の奥の方から、じっとりと湿度のこもるような雰囲気が漂って来るのを感じた。例えるなら、はらわたから憎悪とも厭悪ともつかぬ悪臭がふきだしてきそうな、そんな感触だった。
……ギギギギ……
何かがきしむ音が聞こえる。気のせいだろうか?
……カシャカシャカシャ……
いや、気のせいではない。先の方から聞こえてくる音だ。
「……何の音だ……?」
音のする方向へと近付いてみると、大きな黒い影が視界へと入ってきた。黒々として、毛むくじゃらで……それを目にした途端、タカトは吐き気がするほど不快さをあらわにした。
「うっへぇ……! 何だこりゃ……! 十メートルは軽く超えてるぜ! でか過ぎてリアル過ぎて余計に気持ち悪!! 最初っからもうこの形態かよ!?」
「一本、二本、三本……脚が合計八本あるな」
見た目だけで害虫扱いされる生き物の形態という、想像するには、あまりにもおぞましい巨大な物体が二人を待ち構えていた。
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