Episode 50 視える光の謎

「〝レオン〟。先程から君はずっと〝視て〟ばかりだが、身体に負担がかかっていないか?」


 相方の声でふと我に返ったタカトは「いけね!」と、反射的に目を閉じた。再び目を開いた時、あっという間に、深緑の半透明な美しい色へと戻っていた。心持ち、少しまぶたが熱くなっている気がする。冷却時間が必要そうだ。


「危ねぇ危ねぇ!! うっかり忘れていたぜ。このままだと力の使い過ぎで、途中で行き倒れていたかもしれねぇな! さんきゅー!」

「これから先はまだ長いぞ〝レオン〟。能力を使うなら、必要最小限にした方が良い」

「分かった分かった」


 右手をひらひらさせながらへらへらと答えるタカトに対し、ナタリーはすかさず駄目出しをした。


「タカトったら、適当に考えちゃ駄目! ディーンの言う通りよ。いざという時に電池切れを起こしたら大変じゃないの! あなたにここまで誘導してもらっておきながらこういうのもなんだけど、省エネしなきゃね。省エネ!」

「……俺、何だかフラッシュライトみてぇだなぁ、おい」

「あら、自覚はないの? 私達が見えていない足元をあなたが照らしてくれているじゃないの!」


 ナタリーの口には勝てないと思ったタカトは、それ以上突っ込むのは止め、スラックスのポケットの中に両手を思いっきり突っ込んだ。


「へいへい。皆様のお役に立てて嬉しゅうゴザイマスっと。そろそろ行こうぜ! あっという間に日が暮れちまうぞ!」


 気を取り直したタカトは、改めて疑問に思った。

 自分の〝瞳〟に備わっている特殊能力。それは、移植眼である今の〝瞳〟だから使えるものなのだろうか? 本来の〝瞳〟だったら、果たして使えたのだろうか? 後者は三年前に既に摘出されてしまっているため、今となっては比較のしようがない。


 そして、自分だけに視えるあの〝光〟は一体何なのか? 足元に散らばるように視えた、〝輝く砂のようなもの〟は一体何なのか? この星に来て分からないことばかりである。彼は気になって仕方がなかったが、考え過ぎてもキリがないので、現在の目標へと思考をさっさともとに戻した。


 自分達が今から向かうのは、惑星マブロス随一の研究所である。それも、生物と機械知性体――メタラ・ウイルスとアンストロン――の研究を唯一行っている研究所である。


(俺の目って、実は〝メタラ・ウイルス〟そのものに反応していたりして? まさかなぁ。そんなことって、あるだろうか? まんま当たりだったら天地がひっくり返るかもしれねぇな!)


 当てずっぽうだが、タカトはそんな予感がした。もし仮にそうであった場合、自分がこうして見ているものは恐らく死骸で、何の害も与えない代物だろう。今のところ、それは酸素下で生存不可だと、情報で聞いている。しかし、ウイルスを用いて、道標みたいなマーキング操作など果たして可能だろうか? 疑問は絶えないが、百パーセント無関係でもなさそうだ。もしそうであれば、とんでもない環境汚染だ。いくら人体に無害だとしても、ずっと長く傍にいると健康に影響が出そうで、背筋が寒くなる。


 一方、彼らの一番後ろを歩いていたロバートは、タブレットの画面にふと視線を落とした。タブレットに示されている黄色の点滅が、赤い点滅の間近で明滅している。先程タカトが目をつけた建物が、恐らく自分達が目的とする場所で間違いないだろうと思った。


 彼のみが視える〝光〟


 タカトが言う〝光〟やら〝光る砂〟の正体は、彼にもイマイチ良く分からない。恐らく、エージェント全員も知らないだろう。だが、目的の場所はGPS発信機の位置からほぼほぼズレてない。よって、このまま彼の向かう方向へと進んでも、大丈夫だろうと判断した。


◇◆◇◆◇◆ 


 アデッサにある研究所は見た感じ、真っ白な壁を持つ大きな工場のようで、思ったより地味な建物だった。


「規模が大きいな……これは……」

「取り敢えず、中に入ろうぜ。しかし、ここは関係者以外でも普通に入れるのか? 許可証を持ってそうな人間もいなさそうだし……」


 入り口付近に、灰色のセンサーと思しきものが見えてきた。何かに勘付いたタカトは、そこの近くに向かって、足元に落ちている握りこぶし大の石を投げてみた。すると、それの付近に近付いた途端、粉々に粉砕され、周囲に飛散した。


「これは……!!」

「……やはりな。目には見えない防御線のようだ。今バイザーで覗いてみたが、赤外線より強力な〝破光線〟が罠として仕掛けてある。あのセンサーを止めるか、破壊しないと侵入出来そうにない」

「俺の光学迷彩でも突破は多分無理だな。この光線はごく僅かなものにさえ反応する手強いやつだ。触れた途端、あの石みたいに木っ端微塵にされてしまう」


 さて、どうしようか。


「センサーの破壊なら私に任せてちょうだい。試してみるわ。みんな、急いで〝耳を覆って〟!」


 ナタリーの合図とともに、その場にいたエージェント達はこめかみに指をあて、大急ぎでイヤープラグで耳を覆った。


 薔薇色の唇を縦に開いた途端、彼女は歌い出した。

 全く音は聴こえないから良く分からないが、彼女の口元の動きを見るに、恐らく賛美歌あたりを歌っているに違いない。


 最初微妙に振動していたセンサーがやがてビシビシと音をたてて、しばらくすると音一つ聞こえなくなった。静かになったところでナタリーが足元に落ちていたもう一つの石をセンサーに向かって投げてみると、粉砕されることなく弧を描いて地面に落下するのが全員の視界に入った。


「私の〝声〟で配線をちょっといじってイカらせてみたの。もう何の反応もないから、多分もう大丈夫だと思うわ」


 ピンク色の瞳の美女は、鼻歌交じりにサムズアップとウインクを決めた。


 ◇◆◇◆◇◆ 


 さて、丁度その頃。研究所内の奥にある部屋にて、長白衣を着た二人の男が何やら話をしていた。短い亜麻色の髪を後ろへと流した、銀縁眼鏡をかけた男と、ずんぐりむっくりとした体型の男である。ライアンと助手のトムであった。


「博士! 到頭セーラスの者どもがやって来ましたぞ! 奴らは案外早くこの場所を突き止めたようですな」

「ふん。それはそうだろう。向こうは鼻が効く〝獅子〟を飼っているからな。呼び寄せるためにわざと道標を撒いておいた」

「え……!?」


 ライアンはさも当然とばかりに言い捨てた。それを聞いたトムは口が開いたままで閉まらない状態だ。


「ヨハンソン君。早速だが〝ディノサヴロAT9〟と〝アラフニGF2〟を仕込み、即起動出来るように準備しておけ」

「は……はい……!! 部下達に急ぎ連絡をして、侵入者への武装もさせるようにします!」

「ふふふ……彼らには出来上がったばかりの我が芸術作品達の、格好の実験台となって貰おう!」

「はい!!」

「奴らを潰したら、今度は先日回収した新鮮なモルモット達を使って、心置きなくじっくりと試してみようではないか。未だ嘗て誰も試したことのない、新実験だ……! これは楽しみだぞ……!!」


 銀縁眼鏡の奥底にある暗褐色の瞳が、怪しい光をたたえていた。

 

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