Episode 43 突き刺さる棘

 それから二日後のことである。ディーンが入院している病院へ訪れたシアーシャ達は、まずナースステーションへと向かった。彼の担当ナースから話を聞くところによると、彼の回復具合はすこぶる順調で、リハビリも少しずつ開始しているようである。それを聞いて、二人は胸をなでおろした。この調子であれば、退院の日も近いだろう。

 

 やがてタカトを連れてディーンの病室に入ったシアーシャは、にこやかな笑顔を見せつつ、右手をひらひらさせて合図をした。戸を開ける音が聞こえた途端、病室の主はその方向へと顔を向けてくる。彼はネイビーの夜着の上から漆黒のカーディガンを羽織っており、窓際に佇んでいた。やや伏し目がちなところを見ると、どうやら何か考え事をしていたようである。


「やっほ~来たよ~。イケメンさん! 具合はどう? 何だか前より顔色が良くなって来たようだね!」

「……ありがとう。痛みはもうあまり感じない位だ」

「それは良かった! そうそう、部長から言伝なんだけどさ……」


 シアーシャ経由でイーサンの伝言を受け取ったディーンは、こめかみに指をあてた。すると、右手の中に小さな直方体のものが瞬時に現れる。それは透明で、中身のIDチップが透けて見えた。


「部長が言っているものなら、これの中に全て入っている。機密扱いのものだから、取り扱いには特に注意してくれ」


 ディーンから小さなIDチップの入った透明ケースを受け取ると、シアーシャはにこやかな笑顔を浮かべ、サムズアップした。


「分かった。それじゃあ、亜空間収納に入れておいた方が良いね?」

「ああ。その方が良いだろう。部長には中途半端になってしまい、申し訳ないとだけ伝えてくれ」

「了解! それじゃああたしの用事はこれでおしまい。ほぉらタカト、何か話したいことがあるって、言ってなかったかい?」


 シアーシャに突然話を振られ、タカトは雷で撃たれたかのように一瞬びくっと身体を震わせた。


「うっわ! びっくりするじゃねぇかよ姐さん、突然なんだよ~」

「君の相棒相手に、一体何緊張してるんだい? ほらほら、さっさと済ませな」


 背中を押されたタカトは渋々といった顔をしていた。この二人のやり取りを見ていると、まるで姉弟のようである。


「えっと……この前は悪かったな。ディーン。何か気に触ったことを言ったのなら、謝る」


 タカトは、とにかく先に謝れば何とかなるだろう作戦に出ていた。先日一体何がディーンの機嫌を損ねたのか、逆立ちになって考えても分からなかったのだ。


「いや。別に気にしていない」

「ならいっか」


 タカトはやや伏し目がちだった視線をあげ、銀色の瞳を真っ直ぐに捉えた。獲物に狙いを定めたライオンのように鋭い視線だ。


「それじゃあ……本題にいくぜ。お前に答えて欲しいことがある」

「何だ?」

「お前、いつも『逃げる』ところがあるよな? 何故だ?」

「?」


 その表情も声も、いつもと変わらない平板なものだった。だが、空気が妙にかたくなるのを感じた。


「ちょっと……タカト……?」


 何かに勘付いたシアーシャが、慌ててタカトの袖をひくが、彼はその手をそっと外した。その口元はいつものように、お調子者の笑顔を貼り付けていたが、目元は真剣そのものだった。


「せっかくの良い機会だからよ。ちぃっとケリを付けておこうと思っただけだ。姐さん。絶対に止めないでくれよな」


 そして、わざと相方を挑発するような口調で更に煽り立てるように続ける。


「実はずっと気になっていた。お前ってさ。いくら話をしていても、ある程度打ち解けて来てそうに見えて、肝心なところではぐらかすところがある。どうして逃げるんだ?」

「逃げる?」

「逃げている。どー見ても逃げているぜ」

「……」

「認めろよ。現実から目を逸らしてるって」

「……」

「逃げてばかりでは、何にも変わりゃあしねえんだよ」

「……」

「どう足掻いたって、過去は変えられねぇんだよ。スカーレットさんが生き返る訳じゃねぇし……」


 タカトは言葉を全て言い終わることはなかった。突然ディーンの拳が彼の左頬にヒットし、ふらついたその胸ぐらを掴みあげた。今まで冷え切った金属色をしていたディーンの瞳に、おさえきれない感情が籠もっている。それは、今まで誰もが直接目にすることはない光景だった。


「……ぐっ……!」

「ちょっと! 二人共急に一体どうしたんだい。のんきに仲間割れしている暇はないんだよ! タカトもタカトだ。まだ療養中の入院患者を刺激して、一体何を考えてるんだよ!?」


 血相を変え、慌てて仲裁に入ろうとするシアーシャを、抑揚のない声が押し止めた。


「……シアーシャ。少し、彼と二人きりにしてくれないか?」

「俺も賛成。近くに来る者がいたら、上手に追い払ってくれよな姐さん」


 翡翠色の瞳と銀色の瞳が「止めるな」と言っているも同然だった。その上、当の本人達に口を揃えて言われてしまっている以上、どうにも出来ない。せいぜい現状を色んな意味で悪化させることだけは、勘弁してもらいたいと、思わず天を仰ぎたくなる。


「……分かったよ。ドクターに迷惑をかけない程度にしな。も〜ぉこれだから男ってしょうがないんだから……」


 半分以上あきれた調子でそう言い残すと、シアーシャは一旦部屋の外に出た。戸が閉まる音がして、その音が聞こえなくなった後、二人は再び開戦した。タカトによる挑発めいた言動は、留まることを知らない。


「いつも冷静なお前が突然手を出すなんて、随分らしくねぇが、突然どうした?」

「……」

「――いや、却ってそちらの方が好都合か。いつものお前じゃあ、全然教えてくれねぇもんな。すぐ扉を締めちまってよ。いくら押しても閉じこもってしまって、出て来やしねぇ」

「君は……何が言いたい?」


 ディーンは眉間にくっきりと皺を寄せ、まるで陰を彫り込むんだような表情をしていた。


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