Episode 42 君を守りたい

 タカトが面会に行ったそれから二・三日後のこと。セーラス本部、執行部部長室内に、入院中のディーン以外のエージェント達が集まっていた。イーサンが同じ部署の部下全員を一度に召集するのは、大変珍しい。みんなソファに向かい合わせに座ったり、歩き回ったりしながら色々談義している。


「部長、召集だなんて珍しい。一体どうしたのですか?」

「明らかになってきた情報の共有、知識の確認。そして、今の状態について色々みんなの意見を聞きたいからだよ。ナタリー。これまで起きてきた事例で、何か気になることがあれば是非聞かせて欲しい」


 ナタリー達は、色々な意見や考えを述べた。

 例えば、

「最近起こる事例は、我々エージェントを誘きよせる、罠のような印象を受ける」とか。

「標的としていたアンストロン以外にも、予め色々仕掛けられていたものがある」とか。

「先方がセーラスを潰しにかかるつもりであれば、新たに一人ずつ狙われる危険性が考えられる」とか色々だ。


 他にも様々な意見が山ほど出た。イーサンはそれの要点をタブレット上に記載してまとめ、ある程度出揃ったところでストップをかけた。


「……色々な意見をどうもありがとう。これから先の行動について参考にさせてもらうとするよ。ところで、君達はこの星の隣りの星、惑星マブロスについてどれだけ知っているかね?」

「マブロス星ですか? あの〝メタラ・ウイルス〟をこの星に持ち込み、アンストロンを巻き込んで、色々な事件を引き起こすきっかけを生み出している、元凶の星のことですよね?」


 ナタリーは辛辣に答えた。その視線はまるで鋭い刃のようで、表情は至って硬い。何かを読み取ろうとしているような、そんな感じだ。


「ああ。その通りだ。今起きている事例は全て、そのマブロス星が絡んできている可能性が強い」


 それに対し、ロバートは普段と変わらずやんわりとした口調で意見を言った。


「惑星マブロスは、嘗て百年以上前にこの星と戦争を引き起こした星でしょう? 確か、互いに干渉しないと協定を結び、現在は休戦状態だったと思うのですがね……」

「厄介な匂いがするな。我が星のアンストロンにちょっかいを出しては、事件を引き起こし続けて……一体、何を目的としているんでしょうね? うちのタカトも狙われてるみたいだし……」


 シアーシャは、前髪を乱雑に右手でかきあげた。先方の目的がイマイチはっきりしないのが、嫌なのだろう。


「現在気になるのは、マブロス星の誰かが当星のアンストロンを利用しつつ、我々の目を逸らさせ、何かを企んでるのではないか? という点だ。向こうの政府が関係しているのか? それとも全くその業界とは無縁な誰かが関係しているのか? ……だ」

《調査部門の方からは何か聞いてませんか? 部長》


 姿を消したままのドウェインが、誰もが目に止めてなかった方面をさり気なく聞くと、イーサンは肩をすくめた。


「残念ながら、今のところはまだこれと言って報告を聞いていない。調査中なのだろう」


 だが……と、イーサンは言葉を続ける。


「マブロス星に絡むことの一部は、実はディーンにも調査を依頼している。彼が、調べ上げた今までの情報を全て持っている。何らかの形でいつも持ち歩いているはずだ。私にいまだに返答がないということは、恐らくまだ調査途中なのだろう。途中まででも構わないから急ぎ提出して貰いたいのだが、生憎彼は動けない状態なのでね」


 それを聞いた焔色の瞳を持つ美女は、ぱっと表情を明るくした。


「でしたら部長、そのデータをあたしが貰ってきましょうか? 近々ディーンのお見舞いに行こうと思っていたところなんで」

「そうか。それは助かる。ならば君にお願いしようか。一両日内で構わない」

「分かりました! 早いうちにちゃっちゃと受け取りに行ってきますね!」


 シアーシャは振り向きざまに、タカトの肩をぽんと叩いた。


「タカト、君、明後日時間は空いてるかい?」

「……ああ。その日なら早上がりの日だから、午後は空いてるぜ。特に用事も入れてねぇし」

「よし。それじゃ決定。明後日、あたしデータを取りに病院へ行くから、君も付き合って」

「え?」

「君がいた方が、彼が元気出るし、安心するだろうからさ」

「はぁ……」


 まるで、己自身がお見舞いの品状態である。これは素直に喜んで良いのか、正直判断に悩むところだ。彼の表情がすっきりしていないのに気付いたシアーシャは、首を若干傾げた。


「? タカト、どうしたんだい?」

「姐さん、実はさ俺、アイツにちょっと会いにくいんだけど」

「? ディーンと何かあったのかい?」


 タカトは先日病院に行った時のあれこれを簡潔に説明した。それを聞いたシアーシャは弾けるように笑い飛ばす。

 

「あははは! なぁんだ、そんなこと! 気にしない気にしない!」

「?」

「彼はねぇ、何だかんだ言って、君を大事にしてるんだから」

「??」

「素直じゃないから、ちょ〜っと分かりにくいけどね。今のところ彼が百パーセント守り抜いている相手って、君位だから。その結果入院沙汰だなんて、前代未聞の事態だよ」

「……」

「まぁ冗談はさておき。生真面目な彼のことだから、を気にしているせいだと思うけどね」

?」 


 事情を何も知らないタカトが聞き返すと、ハンサムショートの美女は憎らしそうに眉を顰め、舌打ちしつつ答えた。

 

「彼は影では〝死神ハロス〟と噂を立てられているのさ。彼の相棒になったら最後、生きて帰れないって。発信源は不明だが、本当に下らないったらありゃしない!」

「何故そんな……!?」


 反射的に一気に血圧が上昇し、噛み付かんと言わんばかりな状態になっているタカトを、ドウェインが羽交い締めにして抑え込んだ。彼は姿を消しているため、はたから見るとタカトはただその場で地団駄を踏んでいるように見える。


 《君の気持ちは分かるが、タカト、そうカリカリするな。どうやら君はカルシウム不足気味のようだから、小魚をもっと食った方が良いぞ》

「その言われようはあんまりじゃねぇか! アイツ、悪いこと何一つしてねぇって言うのに……!! 今度そういう奴を見かけたら、この俺がぶっ飛ばしてやらぁ!!」


 がなり立て、異常に鼻息の荒い不良青年の肩に、ロバートはそっと軽く手を置いた。まるで、なだめるかのようだ。


「まあまあ、この職場にも色んな人間がいるから、仕方がない。ディーンは色々な意味で結構目立つ存在だから、やっかみもあって、そういう心無い噂を立てる者もいるというわけだ」

「あなたのように、素直で心根の真っ直ぐな相棒を持てて、ディーンは果報者よねぇ」

「タカトはイイ子だから、他の部の誰にも渡したくないって、あたしも思うな。別に彼だけじゃなくて、ここにいるみんなも君を守りたいと思っている。なぁ、そうだろ?」

「勿論だ」

「ぐえっ! 姐さん苦しっ……!」

 

 シアーシャに背後から冗談交じりにチョークスリーパーを仕掛けられたタカトは、思わず潰されたカエルのような声を上げた。

 背中に押し付けられる柔らかい胸の感触。それは大いに大歓迎だが、これ以上は窒息寸前でかなりマズい。彼の反応を存分に堪能した彼女は、からからと笑いながら彼を即解放した。


「話をもとに戻す。あと気になるのが、ディーンと相棒を組んだ相手は、長く保たずにみんなことごとく殉職していることだ。お陰でその〝噂〟の元凶になっている。殉職自体は他のバディメンバーでも起こってはいるものの、頻度が低過ぎて参考にすらならない。これも、今起きていることに何か関係があるのではと、私は睨んでいる」


 目元を細め、眉にしわを寄せたイーサンの顔を見ながら、タカトはセーラスに来たばかりの頃を色々と思い出していた。


 ――……部長。僕に相棒は不要と、先日申し上げた筈ですが……――


 初めて出会った時、最初は自分がディーンにないがしろにされていると、無性に腹が立った。しかし、こうして彼について知っていることが増えて来ると、途端に複雑な気持ちへとすり替わってゆく。


 〝自分に関わると、後々生命を落とすことになりかねない。だから自分に関わるな〟


 ひょっとするとあの時の彼は、自分に対してこう言いたかったのだろうか? ――ただの推測に過ぎないが、もし本当にそうであれば、彼があまりにも不憫過ぎて胸クソが悪くなる。


 平穏だった人生を何者かによって突然奪われた。

 生きていくためとは言え、死と隣り合わせとなる日々を汗水たらして送り、やっと掴んだ光さえ無惨にも奪われた。

 それでも尚過酷な現実と戦い続けているディーン。

 クールな外見とは裏腹に、彼の中身はぼろぼろの状態だ。


 ――……もう……見たくない……――

 ――……これ以上……見たくない……――


 被弾のショックで、きつく抑え込んでいた理性が緩んだのだろう。倒れる寸前のあの言葉は、これまでの人生に疲れ果ててしまった彼の精神が、そう言わせたに違いない。


 ――兄は、あんな感じですけど……本当は、とっても優しいんです――

 ――今の兄は何だか、いつも痛々しくて、それが不安で、仕方がないんです――

 ――これからも兄を……兄を、どうぞ宜しくお願い致します――


 病院で出会った、涙腺が崩壊しながら必死に訴えてきた美少女の姿が脳裏に蘇り、タカトは拳に力をぐっと込めた。力が入り過ぎて、拳が大きく震えている。


(何だか良く分かんねぇけど、何だか無性に腹が立つ……! これはきっちり始末しねぇといけねぇようだぜ! )


 ディーンを何とかしてやらねば。

 容赦なく絡み付き続ける呪縛から、彼を解き放ってやらねば。

 どうすれば良いのかは良く分からないが、出来ることなら何でもしようと、タカトは強く心に決めた。

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